消えて失くなれ、こんな心
復讐をしましょう



目が覚めると、窓から覗く窮屈な空は、夜なのかと思わせるほど真っ黒だった。サーという循環する水の音しか聞こえない。それが僕の部屋に湿気を持ち込んで、シャツがべたべたとくっついている僕の体を不愉快にさせる。


すぐそばにある机の上のデジタル時計を僕の目が捉える。規則正しく動くそれが示すのは、木曜日。朝の9時を過ぎていた。よし、僕は昨日も死ななかった。昨日も無事に、一日を乗り越えた。そして今日もまた、死なずに明日を迎えるのだろう。


いつもなら「今日も僕は死なない」と断言できるのだけれど、ここで「だろう」という推測しかできないのは、いつもではない状況が僕の目の前に転がっているからだ。


体の節々が鈍い痛みを訴えている。いつもならこんなことはなかったのに、なぜなのか。これもまた至極簡単な話で、繰り返し言うようだけど今がいつもではないからだ。


古くなり寝返りを打つたびにギシギシと音を立てる僕のベッドを占拠しているのは、もう一人の〈僕〉――すなわち昨日出会ってしまった、出会うはずのない少女だった。


そう。彼女こそがいつもではない状況を作り出した本人だ。だから当然、僕は床で寝なければならなかったというわけだ。


そんな彼女に、静かに視線を送る。見つめられている感覚が皆無なのか、気がつかないほど熟睡しているのかはわからないが、布団に綺麗に包まれた小さな身体は、死んでしまったのかと思わせるほど全く動く様子がない。まあ現に彼女は死のうとしていたわけだし、今もし死んでしまっていても彼女にとっては何の問題もないのだろうけれど。


「〈僕〉は僕以上に脆かったようだね」


彼女が眠っていることを前提としたうえで僕は言った。


頬を包む大きな絆創膏。傷だらけの力のない弱そうな腕。普通サイズの絆創膏が所狭しと貼られた細い脚。喧嘩なんていうレベルの傷ではないことは確実だし、外見での判断になってしまうのだけれど彼女が殴り合いをして傷を作ってくるような子には思えない。もしそんなことをするやんちゃな性格だったとしても、こんな華奢な身体じゃ勝つことはまず難しいだろう。それどころか相手にダメージすら与えられない気がする。


でも、なんとなく想像はつく。なんたって彼女はもう一人の〈僕〉なのだ。顔も同じ。髪の色も髪型も同じ。眼の形も色も位置も同じ。鼻の形だってそうだ。僕と彼女との間にまるで鏡が存在しているかのように、僕たちはそっくりなのだ。僕と同じ経緯をたどってきたに違いない。


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