消えて失くなれ、こんな心
「柊茉優に、恨みでもあるの?」
「恨みがなければ復讐しようとは思いません。でも、その行為そのものに恨みなんていう感情が必ずしも必要だとも思いません」
「柊茉優の他にも、復讐する相手はいるの?」
「岡崎拓海という人物です。あなたも知っていると思います」
確かに僕は、その名前を持つ人物を知っている。岡崎というのは、中学生のとき僕の後頭部を蹴って馬乗りになり、雑巾を押し付けてきたり、教科書を女子トイレに投げつけたりした男子生徒だ。彼がどこの高校に進んだのかは、知らない。
「そもそも」と、僕は続けて尋ねる。
「君は、どうして柊茉優や岡崎拓海を知っているの?」
見た目だけで考えると、おそらく彼女は僕よりも1つか2つ年下だ。僕は今、一応は大学3年生で、だとすれば彼女も大学生か、あるいは大学に行かずに働いている社会人ということになる。そんな彼女が、同じ中学校にいたかもわからないのに、どうして柊茉優や岡崎拓海の名前を知っているのだろう。同じ中学校に通っていたとしても、彼らを復讐するほどの関りを持っていたとは考えにくい。なにせ彼らは、僕をいじめることに夢中だったはずだし、下の学年の女の子と関わっている場面なんて一度も見たことがなかったのだ。
けれども彼女は、わかっているでしょう、と言わんばかりの無表情を向けるだけだ。僕に関係している全てのことを、まるで僕に出会うずっと前から知っていたかのように。絆創膏だらけのその顔の奥で、一体彼女は僕に何を伝えようとしているのだろう。
「あなたはあの2人を知っている。だから私も知っている。ただ、それだけのことです」
僕が彼女の意図を掴めていないのを知ってか知らずか、そう言った。彼女からしてみれば少しでも理解しやすいように言ってくれているのだろうけれど、その言い回しが僕の思考回路をさらに混乱させる。僕があの2人を知っていることと、彼女が知っていることを、「だから」という接続語で結んでしまうことに納得ができない。だってそれらは、本来ならば結べるはずのない事実なのだから。
「そう」
きっとこれ以上訊いても彼女から返ってくる言葉は変わらないだろう。僕は納得するふりをして別の質問をする。
「ところで、復讐するのはいいけれど、君は柊茉優が今どこで何をしているかを知っているの?」
返事はない。けれどもこれは「はい」の合図であることを僕は知っている。根拠はないが、直感的に、僕はそう思っている。実際に、彼女が「はい」と返事をしていた場合に続く言葉が返ってきた。