消えて失くなれ、こんな心
死にたい。そんな感情を持っているから、彼女は死ねないんだ。感情なんて消してしまえばいい。
「小学生のときだった」
湿気に満ちた空気の中を歩きながら、僕は言った。
「同じ学校に通っていたらしい女の子が、こう言ったんだ。『喜怒哀楽を失ってしまった人間は、きっと誰よりも強く生きられる気がするんだよね』って」
一言一句間違えることなく、僕はあのとき少女が言った言葉を口にする。
「中学生になる直前だったとはいえ、まだ6年生だ。そんな風に考えることができる彼女は、きっと僕みたいにひねくれているんだと思った。今でもそう思っているし、僕も相変わらずひねくれたままだ」
隣を歩く彼女はただただ黙っていた。僕の声が聞こえているのかはわからない。聞き流しているのかもしれないし、本当は考えながら聞いてくれているのかもしれない。もしかしたら、上の空になっているだけなのかもしれない。僕の話についていけていないだけなのかもしれない。とにかく彼女の状態はわからないけれど、黙っていることだけは確かだった。
「君は、どう思う?」
あのとき、あの少女が尋ねてきたのと同じように、僕は彼女に訊いてみる。すると彼女は少し間を空けて、言った。
「感情なんて、消してしまえばいいんです」
きっとそれが、彼女の答えなのだろう。そしてそれこそが、彼女の死にたい理由でもあるのだと思う。あのときの少女も、本当は感情なんていうものをすっかり消してしまいたかったのではないだろうか。それをそのままの言葉としてではなく、「消してしまえば誰よりも強く生きられる」なんていう回りくどい表現にして僕に投げかけたのも、本当は何かしらの意味があるのではないかと思う。
今、あのときの少女がどこでどのようにすごしているかはわからないけれど、いずれは感情なんてものをきれいさっぱり消してしまって、誰よりも強く生きていくのだろう。それが、わからないなりに考えて出した少女の答えなのだから、きっと、少女はそんな風に生きていくはずだ。
そして少女のこの表現こそが、今、彼女に必要なもののような気がする。けれど彼女は、その言葉をまだ知らない。感情なんて消してしまえばいい。彼女自身の考えは、きっと、あと少しで強く生きられるための形になるはずなのに、そこまでの道はまだまだ遠いように感じる。
復讐が終わって、僕が彼女を殺してしまうまでに、彼女の出した答えが少女と同じ形になっていればいいと願う。