消えて失くなれ、こんな心
「ちょっと待ってて」
駅に着き、そこのコンビニエンスストアの前で、彼女にここで待っているように言った。そういえば、朝食を食べていなかった。もう少し記憶を遡らせると、夕食も食べていなかった。外出の目的が復讐とはいえ、かつて僕が暮らしていた場所にいる柊茉優を尋ねるのだから、財布は持ってきている。
財布を取ろうと鞄を覗くと、家から持ってきた小型のナイフが開いた鞄の隙間から人工的な白を吸い込み、鈍い光を放っていた。果物の皮を剥くときに母がよく使っていたものだ。皮を剥くときは普段使う包丁よりもこちらの方が使い勝手がいい、といつだったか母が言っていた。一人暮らしを始めて果物なんて買わないから必要ないと言ったのだけれど、実家を出るときの荷物と一緒に入れられていたので、買ったままの状態で眠っていた。それが今、復讐なんていう目的のために目を覚ますことになるとは、当時の僕も母も、そしてこのナイフでさえ、想像していなかっただろう。
死のうとした彼女は見たところ何も持っていないようだから、僕はそこで2人分のお茶と菓子パンを買った。酒や煙草は、やめておいた。中毒のように毎日吸っていた汚い煙なんて、今はどうでもよかった。ニコチンの効果なんてとっくに切れているはずなのに、禁断症状のようなものは出ていない。彼女がいるからかもしれないけれど、本当のところは僕自身でさえわからない。死ぬ前でいいや。
もしかすると僕が買い物をしている間に電車に乗って1人で行ってしまっているかもしれない、と思ったけれど、彼女は店の前で待っていた。そうだ、彼女はお金を持っていないんだ、とそこで思い出す。どうぞ、と彼女の右手首を引っ張って、その手のひらの中にお茶と菓子パンを置いた。いりません、とも、ありがとう、とも言わなかった。けれど僕はそれでよかった。僕がそうしたかったからしただけだ。未だ名前をつけることのできていない感情を彼女に見出した僕の、ただの自己満足だ。
やはりお腹が空いていたのだろう、彼女は菓子パンの袋をすぐに開け、何口かで半分も食べた。腹が減っては戦はできぬ、ということなのだろう。あとの半分はどうするの? と尋ねると、残りは家で食べます、と答えた。家とはきっと、僕の部屋のことなのだろう。たった1回泊めてもらっただけで自分の空間と認識してしまうとは、思ったより彼女は強い子なのかもしれない。