消えて失くなれ、こんな心



地元にある駅の名前は覚えているので、切符売り場でそこへ行くのにかかる料金のボタンを押す。2枚買って、1枚は彼女に渡した。やはり彼女は何も言わない。きっとこれも、僕が彼女と一緒に復讐をすることに含まれているのだろう。彼女に確かめたわけではないけれど、そう思うことにした。


ホームに入って5分ほど待つと、目的の駅へ向かう電車がやってきた。平日で、しかも街中とは反対の方向へ走っている電車というだけあって、乗客は少なく閑散としている。人が少なすぎるせいか、ちょうどいい温度に設定されているはずの冷房が効きすぎていて肌寒い。純白でノースリーブのブラウスとパステルブルーのスカートしか身につけていない彼女は、きっと僕が感じているよりも寒いだろう。かといって、気温の高さと湿度の高さのバランスが保てずに湿気によって体感温度をさらに上昇させてくるこの季節に、上着を持ち歩く理由なんてない。仕方なく、なるべく冷房の当たらない席を探し、窓側に彼女、そしてその右側――つまりは通路側に僕、という具合に座った。


「意外です」


電車に乗って20分ほど過ぎた頃、突然、彼女が言った。


「ホームで私を突き落とすと思っていました」


「あそこで僕に殺される、と思っていたの?」


はい、と彼女は答える。それだけだった。だから僕も、それ以上は何も言わなかった。実は道の途中の線路を見て君を殺すこともできると考えていた、なんて物騒な本心は、僕だけの中にしまっておいた。


座って時間の流れを待つだけで僕たち自身は動いていないからだろう、感じる寒さもだんだんと強くなっていき、蒸し暑いはずの季節なのに突き刺すような冷たさが肌を襲った。


「寒くない?」


「大丈夫です。絆創膏や包帯が守ってくれているので」


痛々しくて頼りない防寒具だ。せめて手だけでも、と思い、膝の上で交差させている彼女の手の甲に自分の左手を乗せた。驚いたのかほんの少しだけ肩をぴくりとさせた彼女だったが、嫌がるわけでもなくただじっとしていた。


動いていく景色。動かない僕たち。聞こえるのは、電車の走る音とアナウンス、そして踏切を通過するときのあの音だ。あの音が鳴り響く世界の中で、僕たちは出会った。きっと僕たちは、出会うはずではなかった。出会ってはいけなかった。けれどもこの出会いは、必然的だったように思う。


矛盾した出会いが連れて行く先は、一体どこなのだろう。


あの少女が僕に出した宿題の答えを、教えてくれるとでも言うのだろうか。


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