消えて失くなれ、こんな心
電車に乗って約2時間が経ち、目的の駅に到着した。電車から出ると、水分を吸い込んだ重い空気が僕たちの頭から圧力をかけるように覆いかぶさってきた。じっとりと皮膚にはりつくそれは、歩こうとする僕たちの足にまで邪魔してくる。そのせいもあってか、黙って歩き出す彼女だったが、心なしか足取りが重いように見えた。こんなにも重くのしかかる空気なんて感じたこともない、と言わんばかりの足取りだった。散歩に行くことが嫌いなのに飼い主に無理矢理外へ連れて出されたために仕方なく歩いて散歩を早く終わらせようとする犬みたいに、僕たちは足に鞭打って前へ進ませた。
かつて僕が住んでいたこの街は、駅から出てくる人々に圧をかけるように建つ家が目立つ。よそ者を寄せつけないような、そんな静けさだけが広がっている。この街を離れて3年と少し。地元のはずなのに、僕でさえ足を踏み入れることに躊躇してしまう。どうやらこの街にとって、ここを出た時点で僕はもうよそ者らしい。まあ、ここに住んでいたからといってこの街に特別何かしらの思い入れがあるわけでもないのだけれど。
柊茉優とは同じ中学校に通っていたけれど、彼女の家を僕は知らない。遊ぶような仲でもなかったし、なにせ僕は彼女からのいじめに遭っていた立場だ。隣にいる彼女も僕と似たような境遇のようだが、いじめの仕返しが殺しとは、いささか事が大きすぎないだろうか。まあ彼女がしようとしていることなのだから僕が止める必要もないのだけれど。
彼女の足は迷うこともなく、止まることもなく、柊茉優の家があるのだろう方向へと向かっていく。細い道を通ったり大通りに出たりと、右左折を繰り返しながら駅からどんどん離れていく。家ばかりが並ぶ風景が大きく変わることはなく、もしかすると僕たちは同じ場所を何度も旋回しているんじゃないかとさえ思えてきた。