消えて失くなれ、こんな心
僕の家はどこだっただろう。そんなことを、ふと考えた。これといった特徴なんて何一つない家だから、周辺にある家と同化しているのだろう。見つけたところで帰るつもりはないけれど、「僕はこれから殺人を犯すよ」なんてことを何事もないような顔で言ってみても面白いかもしれない。今は彼女がいるからそんなことはしないけれど、1人だったら行動に移していた可能性は大いにある。
母は止めるだろうか。呆れるだろうか。怒るだろうか。たぶん、呆れるんだろうな。何を言っているの、あんたにそんなことができるわけがない、と。すると、それができてしまうんだな、と僕は笑いながら母の心臓をえぐるように刺す。ほら、できた。有言実行の成立。父はきっと、母の倒れた音を聞いてようやく出てくる。そんな人間だからだ。僕を叱るだろうかと考えたとき、それはないな、という答えが出てきた。父は昔から、僕に興味を持ったことがなかった。それは僕が他人に無関心であるのと同じだった。母の倒れた音といっても、父にとってそれは、何か大きな物音がしたな、くらいの認識でしかない。
「僕が母さんを殺した」
赤い液体のついたナイフを持ってそう言う息子と、その足元に横たわる妻を見たとき、父は何を思うだろう。救急車を呼ぶ、は当然の行為だろうが、そのあと彼は僕をどういう目で見るのだろう。殺人犯として見るだろうか、それとも、息子がとうとう狂ってしまったという見方をするだろうか。少なくとも、お前がそんなことをするようになるとは、なんていう言葉を父が放つことはないだろう。
母が死んだことが知られれば、父の取り調べの中で僕の名前が浮上してくるのは当然だ。そして警察は僕を殺人容疑者として捜索しながら、僕の周囲の人間から話を聞いて回るのだろう。
テレビでよく見るパターンだ。おとなしい子だったとか、真面目な子だったとか、優しい子だったとか、そんなことをするような子じゃなかったとか、その人物を擁護するようなことばかり。インタビューのシーンを見て、お前たちはそれしか言うことがないのかと思ったこともある。懲りずに何度もルールを守らなかったり交通事故を起こしたりする人がいるように、殺す奴は殺すのだ。心の問題なのだ。見た目では誰も判断できない。上辺だけの関係で、「そんな子じゃなかった」なんて、誰が断言できるというんだろう。
彼女もきっと、周りから見れば殺すような人間ではないのだろう。僕の目から見ても、そんな痛々しい身体で何ができるんだと思ったくらいなのだから。