消えて失くなれ、こんな心
5分くらい待っただろうか。面倒くさそうに、そしてまるで何かに恐れているかのように、扉が開いた。僅かな隙間から、真っ黒な長い髪がさらさらと垂れているのが見えた。そしてゆっくりとその隙間は広がっていき、ようやく、柊茉優が顔をのぞかせた。
目が合った。あの悪態っぷりは健在なのだろうと思っていたが、柊茉優は僕の想像とは全く違う反応を見せた。とんでもないものを見たような目で僕を見つめ、そのまま動かなくなった。何かを言いたそうに口を動かそうとしているのだけれど、言葉が出ないらしく、ただ口をぱくぱくさせている。
「七草。ふたり」
やっとのことで出した言葉は、たったそれだけだった。
七草、ふたり。それはきっと、僕と、後ろにいる僕と瓜二つの彼女のことを言っているのだろう。どうして同じ人間が2人もいるんだ。どうして七草が2人も存在しているんだ。どうして自分の目の前に2人の七草がいるんだ。状況が全くもって理解できない。そんな顔をしていた。
「何を、しに来たの」
目の前にいるのは本当に柊茉優なのだろうか、というほど、その声はぶるぶると震えていた。僕の知っている柊茉優はもっと堂々としていたし、怖いもの知らずという感じだった。でもそれは、もしかしたら周りに同じ思考を持つ人間がいたからではないか、とも思った。あのときは、僕をいじめるという共通の目的を持った者が周りにいたから、堂々とリーダーとしていじめることができていただけではないだろうか。中学生から高校生になり、そして高校を離れていく間に、きっと彼女は今までのように人間関係を築けずに、心の負担を減らしてくれる仲間を作ることもできず、それまでとは正反対の時間を過ごすことになってしまったのではないだろうか。
「今さら、いじめていたことを謝れっていうの?」
みんながあなたのことをいじめていたじゃない、と彼女は言った。確かにそうだ。僕をいじめていたのは柊茉優だけではない。
いじめの四層構造というものを大学で勉強したことがある。中心にはいじめられる者。その周囲にはいじめる者。その次に、はやしたてる者。そして最も外側にいるのが、傍観者。つまり、僕以外の人間はみんな、いじめに加担していたということなのだ。
僕は今、後ろにいる彼女が柊茉優と岡崎拓海の名前を出したからここにいるわけで、もし、彼女の出した名前が柊茉優とはまた別の人物のものだったなら、僕らはそっちへ行っていた。彼女がどうしてこの2人に限定したのかはわからないが、クラスメイト全員がいじめに加わっていたことは言われなくてもわかっている。いじめを受けていたのは僕なのだから。