消えて失くなれ、こんな心
「謝れなんて一言も言ってないよ」
僕たちは謝ってほしくてこんなところに来たわけじゃない。彼女が復讐をしたいと言ったから来ただけだ。僕に謝ったってそれは意味のない謝罪だし、彼女に謝ったところでもう手遅れなのだ。
「謝罪なんていらない。耳障りなだけだもの」
後ろにいる彼女が言った。一歩ずつ、前へ進んできていた。怒っているのか、悲しんでいるのか、僕にはわからなかった。無になっているような表情にも見えた。ただ何も考えないで復讐をしようとしているようにも見えた。彼女が僕の横を通過する瞬間、彼女の瞳が光を失っているように、僕には感じた。
彼女は僕よりも前に出て、柊茉優と対峙していた。柊茉優は先ほどよりも身体の震えが大きくなっている。彼女に怯えているのか、それとも人間そのものに怯えているのか。
「その眼」絞り出すように、柊茉優が言った。
「その眼が、気に入らないの。私たちの全てを見透かしているようなその眼。人間の闇を見ているようなその眼。人間をばかにしているようなその眼。世界の破滅を見ているようなその眼が、気に入らないの」
おそらくそれは、柊茉優の心からの言葉なのだろう。なるほど、だからさっきも何かに怯えるように顔を出したのか。柊茉優は、人間の眼が怖いのだ。だからきっと、何を見て、何を考えて、何を感じ取っているのかがわからない僕のような人間をターゲットにしていじめることで、周囲の人間の視線を自分へ向けられないようにしたのだ。確かに彼女も、何を考えているのかがわからない。その瞳から感情や思考を読み取れたことは一度もない。
でも、彼女と柊茉優が同じ空間にいたところを見たことがない。きっと彼女は小学生の頃から、他人あるいは柊茉優からそう思われるような瞳をしていたのだろう。小学生の時点で「あいつは異常な人間だ」と思われていた僕とほとんど同じだ。
「そう」彼女は表情を変えることなく、そして柊茉優を見つめたまま、言った。
「気に入らないならそれでいい。誰が誰を気に入ろうと、誰が誰を嫌いになろうと、それは人それぞれだから、私にはどうだっていい」
こんなにもすらすらと話す彼女を、僕はこのとき初めて見た。意思表示の少ない子だと思っていたけれど、僕には言葉を交わすほどのことがなかっただけなのだと感じた。彼女は続ける。
「好きも嫌いも、あなたの自由。私の眼が気に入らないのなら、気に入らないままでいい。この眼は、私にだってどうすることもできない。ただ、一つだけ、あなたに言っておかなければいけないことがある」
そこまで言うと彼女は一度言葉を止め、ゆっくりと深呼吸をしてから、再び口を開いた。