消えて失くなれ、こんな心
「あなたがいるから、私は、あなたに復讐をする羽目になった」
あなたがいなければ、私は、こんな風にならずに済んだ。彼女は、そう言ったのだった。
柊茉優は動かなかった。動けなかったのだろう。聞きたくない言葉を、聞いてはいけない言葉を聞いてしまったような、そんな顔をしていた。どうして私がそんなことを言われなければならないの、とでも言いたげで、でも言えないような、そんな表情だった。彼女のペースだった。こんな風にならずに済んだ。それが彼女の本音だということは、彼女との今朝の会話からわかっていた。
「あなたに、私の何がわかるっていうの?」
恐怖と怒りが混じったような声で、柊茉優は言った。焦点を失ったその眼は、目の前にいる彼女と僕を交互に捕えていた。どちらに向かって言えばいいのかがわからないといった様子だった。彼女にも、僕と同じことをしてきたということなのだろう。
「あなたも、そこにいるきみも、目の前に突然現れて、私を狂わせておいて、一体何がしたいの?」
「狂わせてはいない。あなたが勝手に狂っていっただけ」
「気味が悪いのよ」
柊茉優は、彼女の言葉に耳を傾けようとしなかった。これ以上、彼女のペースに飲み込まれていってしまうのを恐れているのだろう。
「いつもそうだった。あなたは、七草は、男なのか女なのかもわからなかった。でもそんなの、あのときの私にはどっちだってよかった。いつも1人で過ごしていて、人間をばかにしたような眼で私たちを見つめていた。その眼が気に入らなかったから、私は七草をいじめた。七草にとって都合の悪くなるような嘘も流した。それは事実。でもそんなの、学校に通っていれば誰にでも起こりうることじゃない。いじめたのが私で、いじめられたのが七草だった。たったそれだけのことじゃない。それをどうして今まで引きずって、2人揃って私の前に現れなきゃいけないの? どうせなら、あのときの時点で復讐でも何でもしていればよかったじゃない。なのに、どうしてこのタイミングなの? どうして10年も前のことを今さらになって掘り返そうとするの? どうして七草なんかに、私の存在を否定されなきゃならないの?」
柊茉優は、僕と彼女のことを「七草」と呼んだ。僕は彼女のことを限りなく僕に近い別人だと思っていたけれど、彼女はそれを否定しなかった。そしてこのとき僕は、彼女の名前が僕と同じ「七草」であることを初めて知った。2人揃って、とは、どういう意味なのだろう。男なのか女なのかもわからなかった、とは、どういうことなのだろう。僕は柊茉優の中学生よりも前のことは知らない。小学校で僕と瓜二つの女の子――つまるところ彼女がいて、その彼女と僕を混ぜて記憶してしまっているのだろうか。