消えて失くなれ、こんな心
さっきも言ったように、拾ってくれる人が誰一人としていないのだから僕が行かざるを得ない。そして女子トイレの領域に一歩足を踏み入れたその直後、僕の後頭部に激痛が走る。蹴られたんだと理解できたのは、痛みを感じてから十数秒後――その時点で僕は逃げられない状況だった。
突然の激痛に膝を床につけてしまったと思えば、今度は背中に重いものが乗っかってきて、顔面から腹部、足のつま先まで床にべったりと密着させられる。激しく鈍い痛みが後頭部に留まって、そのうえ突然のしかかられた衝撃で口の中を切ってしまった。口の中が鉄の味で埋もれていく。自分の肉を食べているような気がして、気持ちの悪いことこの上ない。
この状況に頭の理解が追いつき始めた頃、生ぬるい水が僕の髪から肩のあたりまでをびしょびしょに濡らした。そして嗅いだこともない正体不明のとてつもなく強烈な匂いが僕の嗅覚を狂わせる。床の匂い、使い古された雑巾の匂い、溜まりに溜まった残飯の匂い。そして、どれほどの人間が使ってきたかもわからない便器の匂い。上から押さえつけられているせいで逃げることもできない。
ぐわんぐわんと鈍く響く、後頭部の痛み。このまま意識が飛んでしまえばどんなに楽だっただろう。けれど、意識を失ってしまいたいと思えば思うほど、僕の思考回路は活性化して、僕の見る世界もはっきりと見えた。
僕の上に乗ってケラケラと笑うそいつ。女子トイレに投げられた教科書をまるで汚物を触るかのように持ってそこから出てきた女子たちも、馬乗りにされている僕を見て愉快そうに微笑んでいる。こういう人間は、あれだ。自分より弱い人間をいじめることで優越感を得るようなやつなんだ。そしてそれは、最低な人間がすることなんだ。汚い水でびしょびしょにされた僕を見下して嘲笑うやつらも同じだ。
ほら見ろ。結局はどいつもこいつもばかじゃないか。僕自身がひねくれていることは自覚していたけれど、最もひねくれているのはこいつらの方だ。
負けたくなかった。この程度のやつらに負けてたまるもんか。たぶんこういう感情が、僕に死を選ばせなかったのだと思う。
でも。何も考えないようにしていた僕だけれど、それをずっと維持していくのは僕にとってはどうやら難しかったようで。
最悪だ。こんなやつらに一方的にやられるなんて最悪だ。そう思ったことは今でもよく覚えている。