mariage~酒と肴、それから恋~
良いことばかりとは限らない変化なら、いっそ何も起こらなくていい。

静かにゆったり過ごしたいんだ。


カウンターでのんびりと、だし巻き玉子を半分くらい食べたころだった。


「いらっしゃいませ~」

店の扉が開く音と、店員の声。

何気なくチラッと視線を向けると、3人くらいのスーツ姿のサラリーマンが来店したのが見えた。


その瞬間、私の平穏に、不意打ちに波風が立った。


ゾロゾロと、カウンターの私の後ろを通って奥の座敷の方に向かう、彼らのうちの一人が、私に気づいた。


「カンナ?」


馴れ馴れしく呼ぶ、聞き覚えのある男の声。


内臓が縮こまるような緊張感に襲われる。


気づかないふりしてたら、男はさらに声を大きくした。

「なぁ、カンナだろ?」


心臓がバクバクしつつも、それでも知らんぷりを決め込む私を覗き込むように、視界の端に映り込んできた男は、「やっぱカンナだ」と、ニッと笑った。


仕方ない。意を決して顔を上げた。

「…え?あ、ああ~、…どうも」

今、気づいた風を装って軽く愛想笑いする。


どういう対応をするのが正解か。

声が裏返りそうになりながらもなんとか堪える。
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