逃げ惑う恋心(短編集)
千穂ちゃんはいつもと変わらない様子でおれと友ちゃんにお茶を煎れてくれた。
「来るなら連絡くれればよかったのに。今どこにいる? のメールだけじゃ分からないよ」
「あー、うん、ごめんね……。どうしても話がしたくて……友ちゃんが!」
「はあ?」
どうしてもさっきから居心地が悪くて、おれは思いっきり匙を投げた。ごめん友ちゃん!
「あー……お疲れさん」
「……はい、柳瀬さんも、舞台お疲れ様でした」
「……」
「……」
この数言で、匙を投げたのは失敗だったと思い知った。
そりゃあそうだった。だってふたり喧嘩してたんだもん!
ふたりが、どうすればいいんだよ、という目でおれを見ていた。
それはおれにも分からない。ごめんなさい!
「……なんつーか」
頼りないおれに見切りをつけたのか、友ちゃんが口を開く。
「この間は、言い過ぎたと思う。悪かった」
こんなことを言うのはあれかもしれないけど、ここまで真面目な友ちゃんはレアだ。そりゃあ稽古中や本番中は真面目だけど、休憩中や楽屋では自由でマイペース。そんな友ちゃんが真面目にならざるを得ない雰囲気だった。
「いえ、わたしこそ……。柳瀬さんの気に障るようなことを言ってしまったみたいで。ごめんなさい……」
「……は?」
真面目な空気が、一瞬で凍りついたのが分かった。
「あんた、分かってないの?」
「はあ、はい……。でも柳瀬さんが怒っているってことは、わたしが何か言ったんですよね?」
「自分が何言ったか、一から思い出してみれば分かるんじゃねぇの?」
「……この間、電話いただいたときですよね」
「さあな」
「さあなって……」
ああ。なんで一瞬でここまで気まずくなっちゃうんだ。ただでさえ最初から気まずかったのに……。
「あんたはいつもごちゃごちゃうるせぇんだよ」
これが、友ちゃんの捨て台詞だった。言ったあとすぐに立ち上がって、振り返りもせずに帰って行った。
千穂ちゃんは、泣きはしなかったけれど悲しそうな顔をしていた。