逃げ惑う恋心(短編集)
「なんだ、春か」
ドアを開けた友ちゃんは、ぼさぼさ頭だった。
「寝てたの?」
「昨日言ったろ、寝休日にするって」
江口さんと別れたあと、その足で友ちゃんの部屋に来た。昨日「明日は午後からオフだから寝休日にするわ」と言っていたし、絶対にいると思っていた。
「何か用か?」
「うん、ごはん食べに行こうと思って」
「飯か。うん、ちょっと待って、シャワー浴びる」
中に促され、おれは友ちゃんに聞こえないよう息を吐いた。
大丈夫。これからおれが話すことを、友ちゃんなら分かってくれる。大丈夫。きっと友ちゃんなら、千穂ちゃんの気持ちも分かってくれる。
友ちゃんがシャワーを浴びている間、ずっとそんなことを考えていた。ら。
「んな深刻な顔して、これから出陣すんのか?」
「えっ?」
いつの間にか半裸の友ちゃんが、タオルで髪をがしがし拭きながら立っていた。全然気付かなかった。
「なんかぶつぶつ言ってるし、呪いに来たのか? こえーよ」
「呪ってはないけど……」
「呪いはしないが、話はあると」
「はい……」
シャツを着ながらおれの正面に座った友ちゃんは「さあどうぞ」と促すけれど、まだ心の準備ができていない。話す順序も考えていない。とにかく準備不足で、なかなか話し出せない。
見兼ねた友ちゃんに「話なんてあれだろ、いとこ」と切り出されてしまった。
「……はい。よくぞお分かりで」
「このタイミングで来るってことは、それしか考えらんねぇ」
「だよね……。うん、千穂ちゃんの話なんだけど……」
ゆっくり。まとまらない頭で。江口さんから聞いたことを、友ちゃんに話していく。
千穂ちゃんの会社でいとこ――つまりおれが役者をやっていると広まったこと、女子社員たちが紹介してくれと殺到したこと、そのなかのひとりが諦めきれずにもし千穂ちゃんと友ちゃんが付き合いでもしたら許さないと言い放ったこと、ショックを受けた千穂ちゃんがおれたちと距離を置こうとしていたこと。
友ちゃんは相槌も打たずに聞いていた。
「千穂ちゃんが役者とか一般人ってことをしきりに言ってたのは、そういうことだったみたい」
「理由は分かった。で?」
「で?」
「あいつが距離を送って決めたんならそれまでだろ。おまえは俺にどうしてほしいんだ?」
「それは……」
確かにそうなんだけど。そうなんだ、けど……。
「友ちゃんは?」
「あ?」
「友ちゃんの気持ちはどうなの?」
千穂ちゃんは距離を置くって結論を出した。
でもそれは千穂ちゃん個人の話だ。おれたちがそれに百パーセント従わなきゃならないって決まりはない。
「俺の気持ちって……。まあ、あいつが決めたんなら、外野がとやかく言う筋合いはねぇだろ」
「違くて」
「あ?」
「友ちゃんは、千穂ちゃんが、好きか嫌いか。これからも一緒にいたいか、いたくないか」
「俺は……」