逃げ惑う恋心(短編集)
「俺は」の「は」の口をしたまま、友ちゃんは動かない。おれも急かすことなく、次の言葉を待った。
友ちゃんは何分かそのままでいて、ようやく「なに言っても怒るなよ?」と言った。
「怒らないよ」
「俺は、あいつが嫌いだ」
はっきり。きっぱり言われた。
「だから怒るなって!」
「まだ怒ってないじゃん!」
「まだってことは怒る気だろうが! 目つきがこえーんだよ!」
あれ? そんな目つきしていた? おかしいな、完全に無意識だ。ほんとに。
「俺は、あいつが嫌いだけど、これからも一緒にいたいなとは思う……」
「嫌いなのに?」
「ああ、嫌いなのに」
「うん?」
「あいつといるとイライラするし、わけわかんねえことも言うけど……。それでも一緒にいたい」
「それは、おれのいとこだから……?」
「いや、春は関係ない」
「そっか……」
きっとこれは朗報だ。おれは関係なく、おれ抜きで、友ちゃんは千穂ちゃんといたいって思ってくれているなんて。
「だから怒んなよ!」
「怒ってないよ! むしろ嬉しいよ!」
「はあ?」
「友ちゃんが千穂ちゃんを好きでいてくれて」
「……嫌いって言ったろうが」
「一緒にいたいって思うんなら、好きってことでしょ」
「……」
「だから千穂ちゃんにそれを話してほしい。役者とか一般人とか関係ないって。会社の子に言われたことは気にすることないって」
「……」
友ちゃんは難しい顔をしておれを見た。
言葉を待ったけれど、黙ったままだったから構わず続けた。
「江口さんが今日、千穂ちゃんをごはんに誘うことになってるんだ。友ちゃんが行くなら話し合いの場に。行かないならただの夕食ってことになる。行くか行かないか、決めるのは友ちゃんだよ」
「……」
それでも黙ったまま。
もうおれは、友ちゃんの選択を待つしかない。もう当人たちの気持ち次第なんだ。と言っても、千穂ちゃんは何も知らされずに来るんだけど。
「さっき……」
「うん?」
「さっき嬉しいって言ったけど、お前は嫌じゃねえのか?」
「嫌って、何が?」
「大事ないとこなんだろ。そいつが俺みたいなやつに好かれて、男と女の話をするって」
「嫌なわけないよ」
むしろ、ずっとそうなればいいなって思っていたんだ。
「大好きな友ちゃんと、大好きな千穂ちゃんが一緒にいるようになれば、おれは嬉しいんだ」
そっか、と友ちゃんは呟き、目を伏せて、頷いた。
「とにかく話すだけ話すわ。結果がどうなろうが、あの分からず屋とはちゃんと話さなきゃな」
「ん、ありがとう……」
結論が出て、友ちゃんとおれはようやく立ち上がった。
それと同時に、江口さんから「千穂を連れ出すことに成功。もうすぐ居酒屋に着く」というメールが入った。