逃げ惑う恋心(短編集)
友ちゃんと一緒の舞台。千穂ちゃんはいつも通り観に来てくれて、楽屋に戻ってすぐ、このあと三人でごはん食べに行こうよ、とお誘いの電話をしたら、千穂ちゃんはこんな反応をした。
「え、三人って、柳瀬さんも……?」
「そうだけど、なんか用事ある?」
「いや、ないんだけどね。うーん……。東京楽日だし、打ち上げとかあるんじゃない?」
「え、あ、そうだね。ちょっとみんなで集まるみたいだけど、そんな長くかからないと思うし。あ、じゃあ打ち上げおいでよ!」
「いやそれはちょっと……」
「えー、みんないいひとたちだから大丈夫だよ」
「ううん、やめとく。今度また春くんちにごはん作りに行くから。今日はやめとこ。ごめんね」
「あ、うん……。わかった……」
千穂ちゃんにしては珍しく歯切れが悪い。何かあったのかな。今日おれ台詞甘噛みしちゃったから気を使ってる? それとも、友ちゃんと何かあったとか……?
ため息をついて携帯をしまうと、隣で友ちゃんが「台詞甘噛みしたのがそんなにショックだったのか?」なんて言う。
「違う。いや、違くないけど、振られた……」
「はあ? なにお前今告白してたの?」
「千穂ちゃんごはんに誘ったら振られた!」
右手に持っていたメイク落としを投げて、メイク道具やお菓子が散らばった鏡前に突っ伏す。
ショック。なんだかんだ言って、千穂ちゃんはいつも誘いに乗ってくれたのに、初めて断られた。
「お前何かしたんじゃねーの? 嫌われるようなこと」
「分かんない……」
最後に会ったのは一週間くらい前だった。稽古も大詰めで、疲れてて、千穂ちゃんの声が聞きたくなって電話して、レモンのはちみつ漬けって身体に良さそうって話をしたら、すぐにレモンとはちみつを持って駆けつけてくれて……。
「マネージャーみたいって言ったのが良くなかったのかなあ……」
「はあ? マネージャー?」
「千穂ちゃん色々サポートしてくれるから……」
「ふーん。それで怒るようなやつだっけ?」
「でもほんとに分かんない……。かけ直してみる!」
歩いて劇場を出たのならまだ近くにいるはず。こんなもやもやしたまま地方公演に行くのはいやだ。おれが何かしたのならちゃんと謝りたい。
「しつこいと嫌われるぞ」と呆れ顔の友ちゃんを尻目に、発信履歴の一番上、千穂ちゃんに電話をかけた。