逃げ惑う恋心(短編集)
「なんつーか……」
五分ほど黙ってから、ようやく友ちゃんが口を開いた。
「は、はい……」
千穂ちゃんは少しだけ顔を上げて返事をした。
「さっき春にも話したんだけど」
「はい……」
「俺はあんたが嫌いだ」
「は、はい?」
え、えええー……。ちょっとちょっと友ちゃん! それ今言う必要あった? 多分その部分飛ばしても良かったと思う!
「や、柳瀬さんに嫌われているのは、言われなくても分かっています」
千穂ちゃんは少しむっとして言った。
ああ、もう……。やっぱりいつもこうなるんだから……。
「まあ聞け」
「……」
「俺はあんたが嫌いだが、あんたと……これからも一緒にいたいと思ってる。周りがなんて言おうが、俺はあんたといたい」
一瞬の間があって、その発言の意味を理解したらしい千穂ちゃんが、江口さんを見た。ばらしましたね? そんな表情だった。
「役者だとか一般人だとか、あんたはいつも気にしてるけど。んなことどうでもいい。俺は、ひとりの男として、あんたといたい。あんたは、どう思う……?」
「どう思うって……」
それっきり、会話は途切れてしまった。
返事を待つ間、心臓がばくばくとうるさいのに気付いた。おれは部外者なのに、なんでこんなに緊張しているのだろう。
それは江口さんも同じのようで、眉間に皺を寄せて、テーブルの上の料理を見つめていた。こんな雰囲気じゃ、料理に手を伸ばすこともできない。
「……でも」
ようやく千穂ちゃんが口を開く。
「あ?」
「柳瀬さんが役者だという事実は変わりません」
それを聞いた瞬間、心臓がひと際大きくなった。
「……それがあんたの結論か?」
「まだ終わってません、聞いてください」
「……」
「変わらないですが……。柳瀬さんに……名前で呼んでほしいなんて、図々しいことを考えるくらいには……あなたを想っています」
「えっ?」
「それって……」
この「えっ?」は江口さん「それって……」はおれの台詞だった。
「つまり……もし許されるなら、柳瀬友佑と、平澤千穂として、一緒にいたいというのが、わたしの気持ちです……」
あんなにうるさかった心臓が、平静を取り戻していた。
友ちゃんも。江口さんも、おれも。それが千穂ちゃんの結論なんだと分かって、表情を崩した。
そして友ちゃんは。
「なら一緒にいるか。……千穂」
初めて千穂ちゃんの名前を呼んだ。
千穂ちゃんも表情を崩して「はい」と頷いた。