逃げ惑う恋心(短編集)
居酒屋を出たあと友ちゃんは江口さんに捕まって何やら話し込んでいたから、おれは千穂ちゃんを捕まえた。
「よかったね、千穂ちゃん」
千穂ちゃんは柔らかく笑って「ありがとう」と言った。
「でも、良かったの?」
「なにが?」
「春くんが認めなきゃ、交際は許さないって言ったでしょ」
「ああ、そういえば言った」
千穂ちゃんが、おれの知らないひと――江口さんから告白されたって聞いたときだ。
「認めないわけないよ。だっておれは何年も前から、ふたりがくっつけばいいのにって思ってたんだから」
「え、そうなの?」
「うん、そうなの」
やっと願いが叶ったんだ。認めないわけも、嬉しくないわけもない。
「あ、でも友ちゃんと付き合うからって、おれのこと忘れちゃ嫌だからね」
「勿論。春くんは大事ないとこだもの」
「よかった」
ちょうど、江口さんとの話が終わったらしい友ちゃんがこちらに歩いてくる。
何を話していたのか気になったけど、きっと千穂ちゃんのことだろうから、何も言わずに千穂ちゃんの背中を押した。
千穂ちゃんはぎこちなく友ちゃんの隣に立って、帰るか、の言葉に小さく頷いた。
おれも一緒に帰るよー! なんて野暮なことは言わない。ていうか言えない。やっと結ばれた、大好きなふたりの邪魔はしたくないんだ。
「じゃあな春」
「またね春くん、福岡公演行く前にごはん作りに行くから。日にちとか時間とか、また連絡するね。食べたいものあったら事前に言ってね。それから」
「なげーよ」
「だって……」
「ほら、行くぞ」
「は、はい!」
そうして並んで帰って行くふたりの背中を見て、笑みがこぼれた。
まだ少しふたりの間には距離があるけれど、多分少しずつ縮まっていくんだろうな。
考えただけで楽しかった。
(了)