逃げ惑う恋心(短編集)
駅まで徒歩五分。
いつも通りのなんでもない雑談をしていたらすぐの距離だ。
いつも通りのなんでもない、至高の卵かけごはんの話をしていたら、突然、なんの脈絡もなく、大ちゃんが「さっきの写真さあ」と切り出した。あれ、卵かけごはんは?
「俺、もらったんだよ」
言いながら大ちゃんは携帯のディスプレイを見せてくれた。見せつけてきた、と言ったほうが適切かもしれない。
ちゃっかり待ち受けに設定された、あの旅行の記念写真みたいなツーショット。
改めて見ると満面の笑みで、ピースで。キャスト紹介ブログ用としてはいまいちだけど、記念撮影と考えればよく撮れているかもしれない。
「ほんとにふたりで旅行行ったみたいだよね」
「ばっちり稽古着だけどね」
「せめて上着着て稽古着隠してから撮ってもらえば良かったかなあ」
「そもそもわたしを紹介するための写真じゃない。私服で大ちゃんとピースしてたら、いよいよ何の写真だか分からなくなるよね」
「そうだった、いっけねー! ……天然に見えた?」
「いらっとしただけで、天然には見えないなあ」
大ちゃんはあははと笑って、ディスプレイに視線をおとす。
下からの光に照らされた顔はホラーっぽかったけれど、優しい顔をしていて。
「まあ、白状すると、これが欲しかったから写真の邪魔してたんだよね」
「……どういうこと?」
「写真の邪魔しまくったら、じゃあもうふたりで並んでってことになるんじゃないかなーって。ずばりだったね」
ああ、そうか。おかしいと思ったんだ。ふたりで並んで撮ろうと提案したのは大ちゃんだ。
それに至るまで散々写真に写り込んで。
最初からそのつもりだったのなら、とんだ策士だこの男……。
「でも、どうして?」
「どうしてって。歌詠ちゃんとのツーショットが欲しかったから」
「え?」
ちょうど駅について、大ちゃんは携帯を大事そうにポケットにしまった。その所作は、彼の大きな図体からは想像もできないくらい美しく、自然で。
一体どこからが計算で、どこからが天然なのか。分からないけれど。その仕草につい見惚れてしまったから……。
「ねえ大ちゃん、わたしにもその写真ちょうだい」
そう言わずにはいられなかった。
そうしたら大ちゃんが優しく微笑むから、じゃあ次は、ごはん食べに行こうよって。誘ってみたくなった。
彼は微笑んでくれるだろうか。見慣れたあの笑顔で。
写真を送ってもらうために一歩近付くと、大ちゃんとわたしの影が重なって、なんだか寄り添っているように見えた。
(了)