逃げ惑う恋心(短編集)
部屋は驚くほど片付いていて、これじゃあ散らかす気にもなれない。きっと美桜が片付けたのだろう。
飯作って片付けもして来客の対応までするのに、付き合っていない、か。
ていうか付き合えばいいのに。むしろなんで付き合っていないのか疑問だ。
見慣れない、男の部屋には似つかわしくないような可愛らしいティーカップを運んできた美桜は、ソファーに沈んで台本を開く。彼女も舞台を控えているみたいだ。
その合間に飯の用意と掃除をしに来るなんて。いや、ほんとなんで付き合っていないんだよ。
青い小花柄のティーカップを持ち上げると、心中を察したのか、美桜が口を開く。
「初めて部屋に来たとき、マグカップひとつしかないとか言って。わたしにマグカップを渡して良くんがどんぶりでコーヒー飲んだの。あまりにあんまりな状況だったから、うちのカップ持ってきた」
「あー、ふうん」
よく見れば、ソファーの上に畳んで置いてある服に、明らかに美桜の部屋着が紛れ込んでいる。
テレビボードに並ぶ酒の瓶は、美桜がよく飲んでいる銘柄だし。
きっと洗面所には美桜の歯ブラシ、風呂場には美桜のシャンプー、寝室には美桜の枕があるんじゃないかと想像して、ため息が出た。
この状況は、絶対、誰が見てもおかしいと思うんだ。
なんでこいつら付き合っていないんだって、誰もが思うはずだ。
「あれー、大ちゃんいつ来たの?」
もう一度ため息をつきかけたとき、のほほんとした声とともに、寝室から、豪快な寝癖をつけた良ちゃんが出てきた。
「ああ、ついさっき」
「おれ全然気付かなかったよー」
欠伸をして、のろのろとした動作でソファー、美桜の隣に沈む。
「緑茶コーヒーココア紅茶牛乳アイスホット」
「うーん、ココヤ、ホット」
「ん」
突然、句読点なしで飲み物の名を挙げ連ねた美桜が頷いて立ち上がる。
言葉が少ない。熟年夫婦かこのカップル。……あ、カップルじゃねぇや。ていうかココヤじゃなくてココア……。まあいいか。