逃げ惑う恋心(短編集)
「吾妻さん? どうかした?」
俺はいつまで経っても「吾妻さん」だし。
気を抜いていたのかもしれない。
知り合ってすぐに仲良くなって、一緒にいるようになって、すぐに男女の関係になって。少しでも時間が合えばどちらかの部屋に入り浸って。まあ部屋ですることといえば飯を食うか雑談をするかDVDを観るかベッドの上にいるかだけれど。
だから、こいつは俺のもんだって安心していたのかもしれない。
「お前さ、俺と会わなかった一ヶ月、寂しいとか会いたいとか思わなかったわけ?」
「うん、別に。吾妻さんも忙しいだろうし。それにはるくんと公園行ったりプール行ったり水族館行ったり。あ、川にも行ったよ、初めて釣りもした。だからわりと楽しかったよ」
公園? プール? 水族館? 川で釣りして、締めは夏祭り?
会うときは必ずどちらかの部屋だったし、特に何も言わなかったから、てっきりインドアなのかと思ったら、めちゃめちゃアウトドアじゃねえか。
「楽しそうで良かったな」
自分でもびっくりするくらい、冷たい声が出た。
「うん? ほんとどうしたの吾妻さん」
「俺の名前、圭吾っていうんだけど」
「知ってるよ。でも吾妻さんは吾妻さんだからなあ」
「はるくんははるくんなのに?」
「はるくんははるくんだもん」
ああそうかよ。所詮俺は吾妻さんね。吾妻さんだもの。
公園にもプールにも水族館にも川にも祭にも連れて行ってやれない吾妻さんは、はるくんより親しくはなれないってわけね。
「香世さあ……、終わりにしたいならはっきり言やぁいいじゃん」
「ん? なんで急にそうなるの?」
「俺よりもはるくんといたほうが楽しいんだろ? いいじゃねぇかはるくん。どこにでも連れて行ってくれるし、指輪も買ってくれるんだから。ああはるくんすてきー」
「ちょっと、吾妻さん?」
「吾妻さんは連絡もしねえし、どこにも連れて行ってやらねえし、何も買ってやらねえし、つまんねえ男なんだよ。お前そんな男と付き合うなんてお人好しすぎんだろ、終わりにしようぜ」
別れ話なんてしたくなかった。
一緒にいてこんなに楽な女は今までいなかった。だからできればこれからもずっと一緒にいたい。
だけどもう無理だろ。
つまんねえ吾妻さんといるより、楽しいはるくんといたほうが香世のためだ。
こいつはお人好しだから、俺が言わなきゃずるずる付き合いかねない。