逃げ惑う恋心(短編集)
「……ごめんなさい、よく分からないんだけど、吾妻さんが終わりにしたいなら、うん、別れようか」
「……ん?」
俺が別れたいなら? 別れたいはずないじゃねえか。百パーセントおまえのためだ。
「吾妻さん最近忙しいもんね。最近は映画やドラマにも出て、一般人のわたしに合わせるの大変だろうし、それがいいのかもね」
「いや、お前こそ俺の時間に合わせるより、はるくんといたほうが楽しいだろ」
「はるくんは友だちだもん、友だちと恋人は違うよ」
「向こうは友だちと思ってないだろうよ」
「わたし犯罪だけは犯したくないなあ」
「はんざい?」
「犯罪」
「なに、はるくんって極悪人なの?」
「いや、わたしが」
「は?」
「ん?」
「え?」
ちょっと待て、途中から変だとは思ってたけど、話が全然噛み合っていない。
香世と顔を見合わせ、ふたり同時に首を傾げた。
「なにが犯罪?」
「犯罪だよね? 十歳だし」
「は? 誰が?」
「はるくんが」
「十歳?」
「十歳。小学四年生」
「……犯罪だな」
「でしょ」
「……」
「……?」
ちょっと待てよおい。はるくんって……、公園やらプールやら祭やらに言って、指輪を買ってくれたはるくんって、小学生かよ……。
じゃあ俺物凄く恥ずかしいやつじゃねえか。
勝手に勘違いして、嫉妬して、別れ話までするんだから。
途中からはるくんって言われるたび、完全に平澤春泉の顔が浮かんでいたし。むしろ春が悪い。
はるくんがどこの誰なのか言わなかった香世も悪い。
早とちりと勘違いをした俺も悪い。
「香世さん、さっきの話、キャンセルしてもらってもいいですか。クーリングオフ適応される?」
この申し出も物凄く恥ずかしい。
「良かった。これから未練引き摺って生活するのかってどきどきしてたの」
これはちょっと嬉しかったりする。良かった。俺のことちゃんと好きでいてくれたのか。