逃げ惑う恋心(短編集)



 先月末、下の階に引っ越してきた三人家族。
 小学生のはるくんは夏休み中の引っ越しで、こっちに友だちもいない、長期休暇中だからなかなか友だちも作れない。
 だからせめて新学期が始まって友だちができるまでの間はいろんなところに連れていってやることにしたらしい。

「せっかくの夏休みにひとりで過ごすのは寂しいもんね」

 つくづくお人好しだ。まあ、それも含めて好きなんだけど。

「はるくんのことは好きだけど、男として好きなのは吾妻さんだけだから」

 照れた顔を見られたくなくて、香世の腕を引いた。

 ああ、もう……。俺だって香世が引いちまうくらい好きなのに。仕事とはいえ連絡をせずに香世を放っておいたここ一ヶ月の自分を殴りてぇ……。


 簡単に腕の中におさまった香世の髪を撫で、肺いっぱいに香世の香りを吸い込んだ。
 香世はくすぐったそうに笑って、俺の背中に腕を回す。

「なあ」

「うん?」

「せめてさ、名前で呼んでくんねえ?」

「圭吾くんって?」

「うん、そう」

「うーん、吾妻さんで呼び慣れちゃったから、徐々にシフトしていく感じでもいい?」

「それでいいよ」

「了解」

 慰めるように俺の背中をぽんぽんたたきながら、香世はやっぱり笑う。

「あづ、ああ、えーと、圭吾くんさ、少し痩せた?」

「あー、少しな。舞台で汗かきまくったし」

「じゃあ美味しいごはん作るね」

「餃子」

「了解。包むの手伝ってね」

「分かってる」

 時間がかかる餃子をリクエストしたわりに、なんだか離れがたくて。
 しばらく抱き合ったままでいた。


 次ちゃんと時間がとれたら、どこかに遊びに行こう。
 公園もプールも水族館も川も祭もはるくんに先を越されたから、はるくんと一緒に行っていない、例えば映画だとか遊園地だとかに行こう。まあ、遊園地って柄でもないけど。




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