逃げ惑う恋心(短編集)
噂のはるくんと対面したのは次の日の朝だった。
ピンポンの音で目が覚めて、時計を見ると七時ちょっと前。早い。さっき寝たばっかなのに。
香世は毛布を頭までかぶって起きる気配もないから、とりあえず俺が出ることにした。
玄関のドアを開けてみたら、目線の下の下に、ちっこい少年が立っていた。これがはるくんか。色白で目がくりくりしていて……。なんだか春みたいな顔をしていた。
「おじさん、だれ?」
おじさん。三十になると子どもにおじさん扱いされるのか。
「香世の恋人」
「うそだ!」
途端に興奮して部屋に突入しようとするはるくんを掴んで、香世寝てるから騒ぐなよ、と押し戻す。
「なにが目的で香世ちゃんちにいるんだ! 香世ちゃんに手ぇ出したらオレがゆるさないからな! 香世ちゃんはオレと付き合ってるんだから!」
今時の小学生はこんなこと言うのか。ませてんなあ。
「はいはい、そうだね」
「そんなひょろっこくて悪者みたいな顔したやつが香世ちゃんを守れるはずないだろばーか!」
「はいはいそうだね」
「出ていけよ、ここは香世ちゃんちだぞ!」
「はいはいそうだね」
パンチが何度か腹に飛んできたけど、全然痛くなくて。
むしろ女のことでこんなに必死になる小学生が可愛らしく思えた。香世が気にかけるのも頷ける。かもしれない。
「決闘だ! 勝ったほうが香世ちゃんを幸せにするけんりをえるんだ!」
「はいはいそうだね」
「負けないからな!」
「はいはいそうだね」
宣戦布告も、受けたくなるくらいに。
(了)