逃げ惑う恋心(短編集)
次の日の夜、仕事から帰って着替えもしないまま部屋の片付けを始めた。
前に柳瀬さんがこの部屋に入ったときは少し散らかっていたけれど、付き合い始めて初の訪問くらい綺麗にしておきたい。
シャツの腕をまくって髪をまとめ、モップがけをしていると呼び鈴が鳴った。
ああ、あと少し。ティッシュやコットンやあぶら取り紙でいっぱいのくずかごを空にしたい……!
くずかごは後回しにするとして、急いで玄関の扉を開けると、すごくラフな格好をした柳瀬さん。
柳瀬さんはわたしの恰好を見て「なにしてんの」と怪訝な顔。
「あ、いや、その、柳瀬さんが来るので部屋の片付けを……」
「そんな散らかしてんの?」
「まあ、わりと……」
「気にしないのに。部屋に来るくらいであんま気ぃ張ってると後がつらくなるぞ」
「言うほど散らかしてはいないつもりなんですが……。一応初訪問じゃないですか」
「前にも来たことあるだろ」
「……付き合い始めて初ってことです」
言うと柳瀬さんは固まって、でもすぐにそっぽを向いて、持っていたビニール袋をわたしに押し付けた。
中に入っていたのは。
「牛乳! わあ、ありがとうございます。福岡土産ですか?」
「まさか。そこのコンビニ」
「でも牛乳くらい、わざわざ買って来ていただかなくても良かったのに」
「うるせぇ。……ここに来るただの口実だっつーの」
「へ……?」
固まるのは、わたしの番だった。