逃げ惑う恋心(短編集)
なんてことない雑談をぽつりぽつりとしながら、夕飯を食べた。
舞台やミュージカルの特典映像を見る限り、休憩中や楽屋だと饒舌で、いつも笑いと話題の中心にいる柳瀬さんは、わたしの前だとそうでもない。
ふたりきりになったことなんて数えるほどしかないから、どちらが本当の柳瀬さんなのかまだよく分からないけれど。
徐々に知っていけるのかなあ。このひとのことを。もっと。
「そういや公演中に楽屋でさ、勝手に人の携帯で写真撮るってのが流行って」
「楽しそうなことしてますねぇ」
「最初は春とか大ちゃんで遊んでたんだけど、昨日俺もやられて。しかも動画。見る?」
「見たいです」
「あれ、俺携帯どこやった?」
「ええ? お財布と携帯だけしか持ってこなかったのに無くしたんですか?」
「ちょっと鳴らしてくんね?」
「いいですよ」
言われるがまま着信履歴から鳴瀬さんに電話をかけると、部屋のどこからかバイブ音。
ふたりできょろきょろと音の出所を探す、と、あった。ベッドの上。タオルケットに埋まっている。きっと来てすぐにベッドに投げ置いたのだろう。自宅か……!
笑いながら腰を上げると、見たくないものが見えてしまった。
ディスプレイに表示された文字だ。「着信中 春のいとこ」
わたし、柳瀬さんの携帯に、春のいとこで登録されているんだ。名前でも名字でもなく。ただ友人のいとこ、って……。
「あったあった、サンキュ」
「あ、いえ……」
手に取るのを躊躇っていたら、横から柳瀬さんの腕が伸びてきたから、慌てて電話を切った。
そりゃあ、わたしは春くんのいとことして紹介されて、春くんのいとことして数年間接してきたのだから、登録名が「春のいとこ」でもおかしくはないかもしれない。
でもわりとショック、かもしれない。
お付き合いをするということになっただけでも奇跡的なんだから、それ以上、細かいところまで望んじゃいけない。
登録名くらいなんだ。
柳瀬さんのアドレス帳にわたしの番号が入っているだけで凄いことじゃないか。
何度も自分に言い聞かせながら、動画に目を移す。
画面の中では出番待ち中らしい春くんと大ちゃんさんが「友ちゃん見てるー?」と言っていたけれど、全く頭に入らなかった。