逃げ惑う恋心(短編集)
「眠いの?」
ぼんやり動画を見ていたら、そんなことを言われてしまった。
「あ、いえ、眠くないですよ」
「すげえぼんやりしてるから」
「すみません、つい。楽しそうですね、楽屋」
「うん、まあ仲良いやつらばっかだったし、楽しいんだけど……。そろそろ俺帰ろうか?」
えっ、もう!?
もう少し一緒にいたい、けど……。
柳瀬さんは公演を終えて帰って来たばかりだし。
しかも二時間以上殺陣をしながら汗だくで走り回っているような舞台だったし……。我が儘を言ってはいけない。
付き合い始めたばかりなのに、面倒臭い女って思われて振られたら……。
そもそもはっきりと「あんたが嫌いだ」と言われているし。
ただでさえマイナスから始まったのだから、これ以上マイナスに思われたくない。
「……分かりました、お疲れ様でした」
言うと柳瀬さんは途端にむすっとして、携帯と財布を手に取った。
「……もっと一緒にいたいって思ってるのは俺だけか」
「え?」
「帰るわ。お疲れさん」
「え、ちょ、柳瀬さん……!」
慌てて柳瀬さんの腕、を掴もうとしたけれど、素早く立ち上がって歩き出してしまったから、右の足首を掴んでしまて、引きずられるようにばたんと倒れた。
お腹と顔面を強打して、あまりの痛さに悲鳴すらでない。
「何やってんだよ!」
柳瀬さんは倒れたわたしを抱き起してくれて、心配そうな顔。
「や、柳瀬さん」
「ああ?」
「もっと一緒にいたいって……思ってくれているんですか?」
「……」
思いがけない告白に、顔面とお腹の痛みなんて考えている暇がない。
「……そりゃあ久しぶりに会ったんだからそう思うだろ。でも疲れてるみたいだし、明日も仕事だろ?」
「仕事ですけど……」
仕事だけど、わたしだってもっと一緒にいたい。柳瀬さんがそう思ってくれているなら、尚更。
わたしは、我が儘を言っても、いいのだろうか。
今度こそ柳瀬さんの腕を掴んで、その端正な顔を見上げる。
「これ以上嫌われたくなくて、嘘つきました」
「嘘?」
「わたしも、もっと一緒にいたい……」
「……」
「一緒に、いてください」
柳瀬さんは切れ長の目を細めてわたしを見下ろし「ああ」と頷いた。