逃げ惑う恋心(短編集)
「別にわざとこのままにしてたわけじゃねえよ。連絡先を交換したときお前は俺にとって春のいとこで、名前で登録してもぴんとこないような関係だったしな。そんでそのまま変えるの忘れてただけ」
「分かってます。だからそれを指摘するのも申し訳ないなって思ったから、黙っていたんです」
「いやこんくらいのことさらっと言えよ。あんなに悩んで時間かける問題でもねえだろ」
そりゃあ柳瀬さんにとってはそうかもしれないけど、わたしにとっては結構なおおごとだった。
こんな些細なことをいちいち持ち出したら、わたしたちの気持ちが少しずつずれていってしまうような気がした。
「無理強いはしたくなかったんです」
「こんなもん無理強いに入らない。登録名変えるのなんて十秒ありゃあできる。お前が悩んでた時間のが長いし勿体ない」
確かにそうだった。
でも言いたいことや思っていることがさらっと簡単に言えるのなら、誰も恋で苦労しない。
失いたくないと思うからこそ、慎重になってしまうのだと思う。
「千穂さあ、あれこれ気ぃ使わなくていいから、これから先何でも言えよ」
「うーん……、まあ、善処します……」
「そこははいって言えよ。厄介だな」
言われても、わたしは素直に「はい」と言えないまま、柳瀬さんを見て苦笑した。
本当に厄介だ。こんなわたしでも確かに持っている、乙女心というやつは。
それでもこのひとはわたしと一緒にいたいと言ってくれた。
だから、できる限り応えていこうとは思っている。
どうにかしてそれを伝えようと思っていたら……。