逃げ惑う恋心(短編集)
それを察したのか、食後のコーヒーを飲んでいるとき、千穂ちゃんが口を開いた。
「さっき会社の先輩って言ったけど……」
「うん?」
カップを置いて、千穂ちゃんに向き直る。
「告白とはまた違うと思うんだけど、こんなこと言われたの。俺を異性として見ることを考えてみてほしい、って」
「は……?」
告白とはまた違うって……それ告白じゃん! え、だって、それ……告白じゃん!
「へ、返事は?」
「前向きに考えてみますって言った」
「ならん! お父さんは許しませんよ!」
「春くん昭和のお父さんみたいだね」
勢いあまってテーブルをひっくり返しそうになるのをぐっと堪えて、代わりに千穂ちゃんの肩を掴む。
「よく考えてみてよ、そんな回りくどい告白する男、信用できるの?」
「信用っていうか、信頼はできるひとだよ。仕事も早いし」
「それは……! うん、そうかもしれないけど! おれが認めなきゃ交際は許さないからね!」
「ほんとにお父さんみたいなこと言い出すね」
「ああ、もっとこう、おれが知ってるひとなら安心できるのに……。なんでよりにもよって職場恋愛なんて……」
「知ってるひと……しーちょんさんとか?」
「あ、いいね! 大ちゃんとか」
「一之瀬さんとか?」
「一之瀬さんはすごくいいひとだけど、遅刻癖があるし浴びるほどお酒飲んでお店で突然ミュージカル始めたりするから恋人としてはあんましおすすめできない」
千穂ちゃんはあははと笑って、優しくハグしてくれた。おれもぎゅうって抱き締める。
「もし恋人ができたら、一番に春くんに紹介するから。ね」
「できる前に品定めしたい」
「そこらのお父さんより厳しいね」
「厳しいよ。おれ千穂ちゃん大好きだもん」
「ありがとう。わたしも春くん大好きだよ」
でもやっぱり、友ちゃんは? とは聞けなかった。情けなくて仕方なかった。