逃げ惑う恋心(短編集)




 それを察したのか、食後のコーヒーを飲んでいるとき、千穂ちゃんが口を開いた。

「さっき会社の先輩って言ったけど……」

「うん?」

 カップを置いて、千穂ちゃんに向き直る。

「告白とはまた違うと思うんだけど、こんなこと言われたの。俺を異性として見ることを考えてみてほしい、って」

「は……?」

 告白とはまた違うって……それ告白じゃん! え、だって、それ……告白じゃん!

「へ、返事は?」

「前向きに考えてみますって言った」

「ならん! お父さんは許しませんよ!」

「春くん昭和のお父さんみたいだね」

 勢いあまってテーブルをひっくり返しそうになるのをぐっと堪えて、代わりに千穂ちゃんの肩を掴む。

「よく考えてみてよ、そんな回りくどい告白する男、信用できるの?」

「信用っていうか、信頼はできるひとだよ。仕事も早いし」

「それは……! うん、そうかもしれないけど! おれが認めなきゃ交際は許さないからね!」

「ほんとにお父さんみたいなこと言い出すね」

「ああ、もっとこう、おれが知ってるひとなら安心できるのに……。なんでよりにもよって職場恋愛なんて……」

「知ってるひと……しーちょんさんとか?」

「あ、いいね! 大ちゃんとか」

「一之瀬さんとか?」

「一之瀬さんはすごくいいひとだけど、遅刻癖があるし浴びるほどお酒飲んでお店で突然ミュージカル始めたりするから恋人としてはあんましおすすめできない」

 千穂ちゃんはあははと笑って、優しくハグしてくれた。おれもぎゅうって抱き締める。

「もし恋人ができたら、一番に春くんに紹介するから。ね」

「できる前に品定めしたい」

「そこらのお父さんより厳しいね」

「厳しいよ。おれ千穂ちゃん大好きだもん」

「ありがとう。わたしも春くん大好きだよ」

 でもやっぱり、友ちゃんは? とは聞けなかった。情けなくて仕方なかった。



< 7 / 51 >

この作品をシェア

pagetop