逃げ惑う恋心(短編集)
名古屋公演、大阪公演も無事に千秋楽を迎えた。
カーテンコールを終えて楽屋に戻ったタイミングで、千穂ちゃんからお疲れ様のメールが届く。さすが千穂ちゃん。離れていれも時間ぴったりだ。
鏡前が隣の友ちゃんにもそのメールを見せると「よろしく伝えてくれ」とやけにあっさりして言うから、おれは友ちゃんにかまをかけてみることにした。
「友ちゃんは友ちゃんでメールしてみなよ」
「俺に届いたメールじゃねぇし」
「たまには友ちゃんから連絡してみればいいのに。千穂ちゃん喜ぶと思うなー」
「まさか」
「ごはん誘ったりさぁ」
「ないない」
「千穂ちゃん友ちゃんのこと気にしてたよー?」
「いやいや」
かまかけは失敗。友ちゃんはタオル片手に洗顔に向かった。
ため息をついて、怪我もなく大阪公演まで終えたこと、福岡公演までは少し日が開くから一旦東京に帰ることをメールする。一番下に、友ちゃんにもお疲れ様メール送ってみたら? と付け加えて。
おれがメイク落としを落とし終えるまで、千穂ちゃんの返信はなかったけど、代わりに友ちゃんの携帯が鳴ったから、きっと友ちゃんにメールしたんだと思った。
ああ、よかった。
会社の先輩ってひとがどんなひとなのかは知らないけれど、おれはやっぱり友ちゃんと千穂ちゃんにくっついてほしいよ。千穂ちゃんには幸せになってほしい。自由でマイペースな友ちゃんとしっかり者の千穂ちゃんって、実はわりとお似合いだと思うから。
顔を洗って、前髪をちょんまげみたいに結んだまま戻って来た友ちゃんに「携帯鳴ってたよ」と声をかける。メールを確認した友ちゃんはちらっとこちらを見て、おれは首を傾げる。そしてすぐに「便所」と呟くように言って、楽屋を出て行ってしまった。しかも携帯を持ったまま。
その後ろ姿を見送ったみんなも、同じように首を傾げていた。
きっと千穂ちゃんに連絡するんだと思った。ここですればいいのに。気を使っているのだろうかと可笑しくなった。
でも笑っている場合じゃなかったと思ったのは、それから十数秒後のこと。