逃げ惑う恋心(短編集)
「なんだよあのメール! ふざけてんのか!?」
友ちゃんの怒鳴り声が楽屋まで響いてきて、みんな、今はトイレに行かないほうがいい、楽屋から出ないほうがいい、と悟った。
「んなふざけたメール寄越すならもう二度と連絡してこなくていい、どうせ春に言われて仕方なくだろ?」
自分の名前が聞こえて、おれはびくっと肩を震わす。
友ちゃんの怒鳴り声はやたらと迫力がある。きりっとした顔をしているし、声も迫力があるから、前に何度か映画でヤンキー役を演っていたっけと思い出した。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、お前は!」
もう一度友ちゃんの怒鳴り声が響いたあとは静かになって、少しするとちょんまげ頭の友ちゃんが楽屋に戻ってきた。
怒鳴り声のこともあるし、機嫌が直るまでそっとしておくのが得策。
おれも隣を見ないように、ウィッグのせいですっかり癖がついた髪を撫でつけていたら、意外にも友ちゃんはへらっと笑って「お疲れさん」と言った。
「え、あ、う、うん、お疲れ様」
びっくりした。会話におれの名前が出ていたから、てっきり怒られると思ったのに。
「今日は甘噛みしなかったな」
「東京公演以降噛んでないでしょ!」
「そーか? 大阪初日にちょっと噛んでたろ」
「か、噛んでないよ、ぎりぎり!」
よかった、いつもの友ちゃんだ。いつもの友ちゃんだけど、千穂ちゃんと喧嘩したことに代わりはない。しかも、おれのせいで……。
「あの、友ちゃん……」
「わり。お前のいとこ、泣かせたかもしんね」
「え?」
呟くように言って、友ちゃんは前髪のちょんまげをほどく。
「かもっていうか、泣かせた」
「な、なんで……?」
理由を聞く前にスタッフさんが今日の打ち上げについて話しに来て、楽屋はもう打ち上げムード一色になってしまった。