あったか☆ドーナッツ
*−*−*


「……恵、梢恵?」


隣にいた博人の声で私は意識を戻した。スイーツスタンドで紙に包まれたドーナツをほおばるお客さんに幼い頃を思い出してしまっていたらしい。私の家ではドーナツは高級品だった。他の家では普通におやつだったショップのドーナツ。カードの点数を集めてもらえる景品も私には手の届かないものだった。


「なんだ、ドーナツを食べたいのか?」
「あ……うん」


じゃあ帰りに、と博人は私の頭をポンと叩いた。

黒塀と瓦屋根の古民家が連なる道は乗用車がギリギリすれ違えるくらいの道幅で、まるで歩行者天国のように観光客はゆったりと歩いている。そのひとつに目指す雑貨屋があった。その軒先には古めかしい文机の上にシンプルな黒のノートや鉛筆などが積まれていた。博人は大きな手でその硝子の引き戸をガラガラと音を立てて開けた。天井から吊された裸電球はボンボリのように優しく光を放つ。使い古された学校の机がいくつか並び、その上に消しゴムはんこが置かれていた。

梢恵と博人は消しゴムはんこを手に取り、眺めた。ハートマークや音符などの記号の他に猫や犬、ウサギといった動物はんこや、ありがとう、回覧といった文字のものもあった。2センチ角のミニ版からクリスマスカードのようなハガキサイズもある。名刺や住所などもオーダーメイドで作成してもらえるようだ。

普通の印鑑やはんこと違い、消しゴムは触った感じが柔らかい。機械でなく手彫りなのも温かみを与える要因だろう。いくつか気に入ったものを手にしたまま、他の消しゴムはんこを見ていた。
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