あったか☆ドーナッツ
私は?と問われて黙り込む。自分から過去のことなど言えるわけはない。俯くと地面には博人の靴が見えた。
「ひょっとして、凜とのことか?」
「え?」
思わず顔を上げた。やっぱりそうか、と博人は大きく息を吐いた。
「凜を知ってるの?」
「ああ。同じだったから。それにあれだけ派手な格好してれば否が応でも目に入るよ」
あれから凜とは会っていない。私は同窓会にも出ていないし、彼女のその後は知らない。博人が聞いた噂によると、凜は地元でも有数の大企業の社長夫人だとか。すっかり社交界で幅を利かせるポジションにいるらしい。
「だから凜も過去のことは封印して生きてる。だから梢恵も過去は封印して生きていったらどうだ?」
「し、知ってたの?」
「さあ。俺は知らないよ。分厚い封筒を凜から受け取ってた地味な子を見かけたことはあるけど、それ以上は知らない。仮にそうであったとしても、その地味な子にも事情はあったと思うから。だから俺は気にしない」
「でも好きでもない人に抱かれて、そんな女の子を……」
「んなこと言ったら、俺だって童貞喪失の相手は好きでもないバイト先のお姉さんだったし? 俺だって遊んでた時期はあった。それとどう違うんだ?」
消しゴムでは消せない過去。それを含めた自分なんじやないか……?
「結婚しよう、梢恵。ほら早く実家に電話しろよ」