あったか☆ドーナッツ
川岸に昔ながらの景観を残し、小江戸とも称される蔵の街。自宅から車で30分ほどにある小さな街は私たちの定番のデートスポットだった。国の重要伝統的建造物群保存地区である嘉右衛門町の例幣使街道では、空き家となった蔵造りの古民家に雑貨やカフェがテナントとして入り、レトロ好きの若者の間ではお洒落スポットとして静かなブームを巻き起こしている。今日は年に一度催されるフリーマーケットで狭い車道は寒さを吹き飛ばすほどの熱気であふれかえっていた。
幼い女の子が私たちの前を歩く。高い位置のツインテールはアニメキャラを連想させた。ピンクのショートコート、白いフリルのミニスカート、黒のタイツにキャメルのムートンブーツ。ツインテールの根元にあるリボンの色は当然ピンクだ。ふわふわと揺れて彼女そのものがまるでふんわり甘い綿菓子のようだった。両脇にはお洒落で若く、笑顔を浮かべている両親らしき若い男女。幸せを絵に描いたような家族だ。
空き地に出店していたスイーツスタンドに3人は吸い寄せられ、ドーナツを買い求める列に並んだ。うずまきドーナッツ……すぐ裏手を流れる巴波川(うずまがわ)になぞらえた屋号だろう。
私にもあんな頃があった、と誇らしくもさみしく昔を思い出す。両方の手の先には親の大きな手があり、デパートに行けば水色の服をねだり、屋上遊園地でメリーゴーランドに乗せてもらった。
でもわずかに覚えている幸せな記憶はそれだけだ。
父も母も中卒だった。正確に言えば父親は工業高校の定時制に入学したが卒業はしていない。学校の授業についていけなくなった父親は1年生の秋に中退して近くの自動車修理の店に勤め始めた。修理の腕は確かだったが、口数の少ない父は顧客とのコミュニケーションが苦手で黙々と車の下に潜ってはねじを締めていた。母親も家庭の金銭的な事情で進学はできず、中学卒業後は洋菓子店で働いた。焼きあがったパンを得意先に届けるのが仕事だった。普通自動車の運転免許すら持っていなかった母はパンを詰めたかごを背負い、歩いて届けた。配達のないときは店番をした。
幼い女の子が私たちの前を歩く。高い位置のツインテールはアニメキャラを連想させた。ピンクのショートコート、白いフリルのミニスカート、黒のタイツにキャメルのムートンブーツ。ツインテールの根元にあるリボンの色は当然ピンクだ。ふわふわと揺れて彼女そのものがまるでふんわり甘い綿菓子のようだった。両脇にはお洒落で若く、笑顔を浮かべている両親らしき若い男女。幸せを絵に描いたような家族だ。
空き地に出店していたスイーツスタンドに3人は吸い寄せられ、ドーナツを買い求める列に並んだ。うずまきドーナッツ……すぐ裏手を流れる巴波川(うずまがわ)になぞらえた屋号だろう。
私にもあんな頃があった、と誇らしくもさみしく昔を思い出す。両方の手の先には親の大きな手があり、デパートに行けば水色の服をねだり、屋上遊園地でメリーゴーランドに乗せてもらった。
でもわずかに覚えている幸せな記憶はそれだけだ。
父も母も中卒だった。正確に言えば父親は工業高校の定時制に入学したが卒業はしていない。学校の授業についていけなくなった父親は1年生の秋に中退して近くの自動車修理の店に勤め始めた。修理の腕は確かだったが、口数の少ない父は顧客とのコミュニケーションが苦手で黙々と車の下に潜ってはねじを締めていた。母親も家庭の金銭的な事情で進学はできず、中学卒業後は洋菓子店で働いた。焼きあがったパンを得意先に届けるのが仕事だった。普通自動車の運転免許すら持っていなかった母はパンを詰めたかごを背負い、歩いて届けた。配達のないときは店番をした。