あったか☆ドーナッツ
そんな二人が結婚するのは自然の成り行きだったと言えよう。洋菓子店の店主と自動車修理工場の店主同士が知り合いで、それぞれの従業員だった二人を引き合わせた。見合いだ。断る理由もなく、若い二人は籍を入れた。ふた間しかない古い平屋の一軒屋を借り、やがてふたりの子宝に恵まれた。

暮らしぶりは質素だった。旅行は年に一度、一番近い茨城の海に日帰りで出かけるだけ。父親のボーナスが出るとデパートに行って子供たちの服を1着だけ買い、レストランでミートソースを食べ、屋上遊園地でメリーゴーランドに乗る。唯一の幸せな記憶はこのときだ。白い襟に二重のフリルが付いた水色のワンピースを買ってもらい、誇らしい気持ちで小学校の入学式に出た。でも靴は近所に住む3つ上の佳苗のおさがりだった。ランドセルはいとこの使い古しだった。それでも私の心は弾んでいた。


ここからは暗い記憶しかない。父は出稼ぎに行くといって家を出たきり、帰ってこなかった。ひと冬工場で勤務したら帰ってくるはずだったのに春を過ぎても夏を過ぎても帰ってくることはなかった。つぎの冬を迎えるころには私と母と弟の3人の暮らしが当たり前になった。
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