青の哀しみ
風の無い暖かな日だった。

遠くで綺麗な鳥の声が響いていた。

少し汗ばむ陽気だったが、部屋の中はただ冷たく静かだった。

皺だらけのおばあちゃんの手を、私は愛していた。

彼女は皺だらけのその手で私の手を握り、「お前の手は、お母さんの手にそっくりで、細くてとても綺麗だね」と事あるごとに繰り返していたが、私は細く白い自分の手よりも、おばあちゃんの皺だらけの手のほうが優しくて好きだった。

だけど大好きだったその手は、今ではただ冷たく硬い、ただの物質に成り果てていた。

葬式は家で行われたが、とても質素だった。

母をなくしたのは記憶にまったく無いときだったが、きっと母の葬式もこんなだったんだろうなとそう思った。

お坊さんがお経を上げてくれた。柔らかな響きだった。

私は正座の足を崩して、ひざを抱えた。

それを見て父が睨んだが、そんなことは気にしなかった。

父のことは嫌いだった。いや、嫌いですらなかった。

嘘ではなく、憎む理由も愛する理由も見つからないだけ存在だった。

しかし、父の借金のかたに、家が抵当に入れられていると知ったとき、初めて父を嫌いだと思った。

祖母が死ぬ一週間前に、あと一ヶ月もたたないうちに家は壊されると父は言ったのだ。

特に驚くことは無かった。すでにどこか別の場所で家庭を持っている父にとってはそんなことはどうでもいいことであっただろうし、私にとってもどうでもいいことだった。

ただ、祖母が嫁ぎ、ずっと守ってきた家を失うのだということにショックを受けた。

家に帰りたいと願った彼女の願いを、根底から奪い去ってしまうことだった。

そのことは彼女には言わないままで終わった。失うことなく逝ったのがせめてもの救いだった。
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