指先からwas唇からlove【再公開】

「え」


たまにドキッとするようなこと言うんだもん、一ノ瀬くんて。


「いつもは、こう髪で表情隠してるんだけど、たまに我慢できなくて泣きそうになってるときあるからさ、緒先さんて」


「なんか、手で髪の毛ひっぱるの癖で……」


気づかれてたんだ、悪い癖も。


少し恥ずかしい。

一ノ瀬くんは、なにか思い出したように笑って不意に立ち止まった。



「……リコーダーのときも、泣きそうな緒先さんが、あんなときだけど可愛くてほうっておけなかった」


「あはは……あの時は笛まで洗ってもらって……」

「俺もちょっとやり過ぎたかな?と思ったけど、当の渡辺はあまり気にしてなかったよね」


「……うん」

あれからまだ数ヶ月しか経ってないのに、何だか凄く前の思い出みたいに感じる。




「緒先……さん」


「ん?」


「俺は海也のこと知ってたけど、それでも気持ちは変わらなかったよ」


「……え」


立ち止まって、私の目から視線を外さない一ノ瀬くんの目は、けして冗談ぽくもなくて、

真っ直ぐで、


「海也のことでツラくなったら、そのあとでいいから……その時は付き合ってくれんかな?」




けして、八方美人なんかじゃなかった。



「…そ…そんないい加減な待たせ方できないし」


思わず、キュンとくるほどーー



「わかってるよ、そんな場合しか可能性ないんでしょ? 俺」


「……」


そんな風に誰かの気持ちを待つなんて、私にはできないかもしれない。




「……返事、困るよね。あの、深く考えないでいいから、とりあえず塾に行こっ」



「うん……」




でも、それでも少し嬉しかった。


恥ずかしそうに再び歩き出した一ノ瀬くんの後をついていく。












< 204 / 287 >

この作品をシェア

pagetop