指先からwas唇からlove【再公開】
「え」
たまにドキッとするようなこと言うんだもん、一ノ瀬くんて。
「いつもは、こう髪で表情隠してるんだけど、たまに我慢できなくて泣きそうになってるときあるからさ、緒先さんて」
「なんか、手で髪の毛ひっぱるの癖で……」
気づかれてたんだ、悪い癖も。
少し恥ずかしい。
一ノ瀬くんは、なにか思い出したように笑って不意に立ち止まった。
「……リコーダーのときも、泣きそうな緒先さんが、あんなときだけど可愛くてほうっておけなかった」
「あはは……あの時は笛まで洗ってもらって……」
「俺もちょっとやり過ぎたかな?と思ったけど、当の渡辺はあまり気にしてなかったよね」
「……うん」
あれからまだ数ヶ月しか経ってないのに、何だか凄く前の思い出みたいに感じる。
「緒先……さん」
「ん?」
「俺は海也のこと知ってたけど、それでも気持ちは変わらなかったよ」
「……え」
立ち止まって、私の目から視線を外さない一ノ瀬くんの目は、けして冗談ぽくもなくて、
真っ直ぐで、
「海也のことでツラくなったら、そのあとでいいから……その時は付き合ってくれんかな?」
けして、八方美人なんかじゃなかった。
「…そ…そんないい加減な待たせ方できないし」
思わず、キュンとくるほどーー
「わかってるよ、そんな場合しか可能性ないんでしょ? 俺」
「……」
そんな風に誰かの気持ちを待つなんて、私にはできないかもしれない。
「……返事、困るよね。あの、深く考えないでいいから、とりあえず塾に行こっ」
「うん……」
でも、それでも少し嬉しかった。
恥ずかしそうに再び歩き出した一ノ瀬くんの後をついていく。