指先からwas唇からlove【再公開】
違うトイレへ行った帰り、まだお昼前なのに鞄を持って帰ろうとする背中を見つけた。
キノコみたいなボブカット、小さい体。
「……あ」
ずっと、避けていた亜美ちゃんだ。
何を話していいかもわからないのに、
「……亜美ちゃん」
声をかけてしまった。
振り向いた亜美ちゃんは、ハッとして私の顔を見て、そして、とても悲しそうな顔をした。
「……もう帰るの?病院?」
私もそろそろ親が迎えに来るので、あまり時間はなかったけど、
話したいと、謝りたいと思った。
口には出さなかったけど、写真のこと、ずっと亜美ちゃんだと思ってたから。
私に背を向けたまま、亜美ちゃんは首を横に振る。
「病院に行ったって……カウンセリング受けたって、うちはずっと1人やもん」
「……!」
ズキッ……と胸に突き刺さる。
亜美ちゃんの1人の姿は、
昔からの自分の姿と重なって、見たくなくて、
自然と目を背けてた。
知らん顔してた……。
下を向き、靴を履く亜美ちゃんの足元に、ポタポタポタと落ちていく滴……。
「……さっき緒先先輩が倒れて、海也くんが走って向かった時、わかっちゃった」
「……」
「もー、……海也くんはうちのものじゃないんだなって……」
痛いほど、亜美ちゃんの海也くんを大好きだって気持ちが伝わってきて、その震える背中にかける言葉は何も出てこない……。
「……緒先先輩……」
「……」
「海也くんに、この前、一回でいいから
″キスして″って言ったんだけど、断られたんです」
次々出てくる亜美ちゃんの本音を聞きながら、
その素直さを羨ましいとさえ思った。
「うち、海也くんにも嫌われちゃった」
泣きながら笑う、その不器用さが、
可愛いとさえ思えていた。
「……もう、うちの人生終わりです」
「え」
もっと、早く、聞いていれば良かった。
「亜美ちゃん?」
亜美ちゃんは、鞄も持たずに勢いよく外に走り出した。