パンプスとスニーカー
第1章 捕らぬ狸
 「信じられない」




 泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目、一難去ってまた一難。


 言い方はいろいろあるけれど、どれも合っているようで、今のひまりの現状とはちょっと違う気もする。


 が…。


 朝、いつもと変わりなく、火元を確認して戸締りをして出たはずの部屋が真っ黒焦げに姿を変えていた。


 ポンッ。


 呆然と振り返れば、見慣れた不動産屋の店主の丸い顔が、いかにも気の毒そうに彼女を見て、何がうんうんなのか、しきりに頷いている。




 「火災保険はちゃんと下りるから」

 「下りるって…」




 それはそうだろう。


 こんなこ汚い6帖一間のアパートでさえ、今時のご時世だとかで強制的にひまりも火災保険に加入させられたくらいなのだ。


 …これで、下りないとか言ったら、殺人が起こってもおかしくないでしょ?


 世の中、そんな些細なことが原因で犯罪が起こるものなのだ。


 当事者にしてみれば、些細でも何でもない出来事ではあるが。




 「いつ、いつ、下りるんです?」

 「ん~、1週間~30日くらいかな」

 「一ヶ月ッ!?」




 とんでもない言葉に、目を向き、思わず罪もない不動産業者の襟首を締めて掴みかかる。




 「お、お、落ち着いて」




 ツヤツヤして血色のよかった中年オヤジの顔が、締め上げられて一瞬で青褪めた。




 「落ち着いてなんかいられませんっ!あたし、まさか、こんなことになるなんて思ってなかったから…貯金通帳も、服も、荷物も…何もかも、部屋に置いてあったんですよっ!?」





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