パンプスとスニーカー
 「…あ~」




 いつもだったら快諾するところだったけれど…。




 「なによ、北条君が同じ講義をとってたなら、北条君からノート借りればいいんじゃないの?」

 「武尊からぁ?」

 「なんだよ?その失礼な反応」

 「お前、必要最低限、ノートなんか、とってないだろうよ」

 「そのとおり」




 なにげに得意そうだ。


 一同の軽蔑の視線も鼻で笑っている。




 「まあ、北条君は別に頭悪いわけでもないのに、マメさに欠けるからね」




 一応は美紀がフォローに入った。


 ひまりも曖昧に頷いて、苦笑する。




 「ごめん、ノートのことなんだけど、ちょっと事情があって今回は無理かも」

 「事情?」

 「うん」




 昨日から今朝のことにかけてを愚痴りたいところだが、大して親しくもない相手にあれこれと話したいほどでもない。


 困った顔でどうしたものかと悩んでいるひまりをよそに、腕時計に目を落としていた武尊が、壮太の肩を軽く叩いて歩き出す。




 「俺、そろそろ講義が始まるから先行くわ」
 
 「あ?…おっと、俺もせっかくこんな朝っぱらから出てきたんだから、講義出ておくか。武藤さんも1限から講義だろ?」

 「うん、まあ」




 もちろんそのとおりなのだが、そうでなくても今のひまりには、大学に来るくらいしかしようがなかった。




 「ごめんね、引き止めて。ノートのことは残念だけど、無理ならしょうがないからさ、気にしないで?」

 「うん、こっちこそ、ごめん」




 愛想よく手を振り、武尊と並んで去ってゆく長身の男の背を見送って…。




 「で?どうしたの?武藤ッチ。その服って、昨日のまんまだよね?なんだか、気のせいかくたびれちゃってるし。まさか彼氏の家から朝帰りって感じでもないけど?」

 「……ハァ」




 しばらくは溜息が、クセになりそうだった。




*****





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