パンプスとスニーカー
 特になんということはないはずなのに、家族以外の男の子からそんな風に呼びかけられ、つい赤面してしまう。


 熱くなってしまった頬を抑えて、俯いたひまりに首を傾げて、




 「もしかして、名前であんまり呼ばれたことない?」

 「うん、こだわってたわけじゃないんだけど。呼び捨ては、男の子からは初めて、かな」




 女友達からでさえ、苗字で呼ばれることがほとんどだったのだ。


 …ちょっと憧れみたいなのはあったけど。




 「それなら、マンマはやめて、ひまって呼ぶよ。初お呼ばれ?は彼氏にしてもらいたいだろうし」

 「はは…初お呼ばれ」




 そんな風に改めて言われると、妙に気恥しかったが、武尊の細やかな気遣いが嬉しい。


 …そんなに乙女チックな方じゃないんだけどなぁ。




 「俺のメリットは…凄いあるよ」

 「……?」

 「忘れたわけ?恋人役」

 「あ~」




 もちろん忘れていたわけではない。


 けれど、武尊の家族に初めて会った時には感じていた緊張も、彼らの好意的な態度にいつの間にか気持ちもほぐされ、優しい武尊の祖母ややや強引ではあるものの楽しい人柄の一佳との交流を本当の意味で楽しんでしまっていた。


 それだけに…。




 「あのね、そのことなんだけど…」

 「ん?」

 「やっぱり、本当のことを話さない?いまさら、嘘をついてましたって告白するのは、あたしも心苦しいんだけどね」




 どんなにショックを受けるだろうか。


 武尊の彼女だと思ってくれたからこそ、寄せてくれた好意を裏切るようでひまりも気持ちが塞ぐ。


 …怒るかな。


 怒られることより、悲しませてしまうことの方が辛い。




 「騙したままずっと、とか、そういうのは…やっぱり」





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