パンプスとスニーカー
 ふいに呼ばれた自分の名前に顔をあげれば、たしか一般教養のうちのどれかで一年生の時に同じ講義をとっていたことのあるクラスメートだった。


 お互い顔は憶えているが、面と向かっても特に挨拶をするほどの仲でもない。


 ましてや、今はまったく同じ講義をとってもいないので、よけいに声をかけられる覚えがなかった。




 「武藤さんよね?」




 確認するように念を押されて、今度はひまりも頷く。




 「え、あ…そうですけど」




 …あれ、名前なんだっけ?


 ざっと脳内を走査するが、パッと名前が思い浮かばない。


 ところが、相手はそんなひまりの戸惑いをよそに、さっさと彼女の許可も取らずに隣に腰を下ろして、友達よろしく話しかけてくる。




 「私、去年同じ講義とってた総合法政の高崎だけど、何回か講義のノート貸してもらったことあったわよね?」

 「…そうだったかな」




 見たからに『女』を強調した女性で、童顔のひまりと並ぶと2、3才先輩のようにも見えたが、ノート云々という方をみればどうやら同期生のようだ。


 もっとも、2浪、3浪も当たり前の超難関大学の法学部だったから、現役合格者のひまりに比べて、実際に数才年上でもおかしくはなったけれど。


 それにしても、ひまりがノートを借りた相手ならばともかく、貸す相手には枚挙がないので、やはり記憶の中では顔見知りの範囲でしかなかった。


 もっとも、相手はひまりが自分を覚えていようがいまいが、実はどうでも良かったようで…。




 「武藤さんって、北条くんと付き合ってるの?」




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