パンプスとスニーカー
第4章 雨降って
 「あ、そろそろ3限の授業始まっちゃう。あたし、行かないと」




 ガタンと音を立て、ひまりがカフェの椅子から立ち上がる。




 「ああ…もうそんな時間なんだ?」 

 「うん、今日は学食も混んでたから、けっこう忙しなかったよね。武尊は一度家に帰る?」

 「ん~、どうしよかなぁ。特にこの後すぐに予定があるわけじゃないし、楢沢教授のレポートの期限も近いから、大学の図書館で勉強するかな。ひま、授業終わったら待ち合わせしよ?」

 「え…でも」

 「今日って、早慶狙ってる子の家庭教師だろ?夜は俺もゼミの先輩の歓送迎会に参加するから迎えに行けないし、バイト先まで送っていくよ」

 「悪いよ」




 遠慮するひまりを見上げて、武尊が甘く微笑む。




 「俺が送りたいんだ。ダメ?」




 そこまで言われてしまえば、ひまりに否やもあるはずがなく、彼氏にバイト先まで送迎してもらえて嬉しくないはずがない。




 「ううん、ありがとう。よろしくお願いします」




 それでも律儀に頭を下げる彼女に、武尊が小さく苦笑する。




 「じゃあ、4限終わったら中庭のベンチで」

 「…うん、また後でね」




 彼女の少し長くなった前髪をかきあげて触れてくる武尊の手を許容し、ハニカミながらも、ひまりが小さく笑って手を振りカフェを出てゆく。


 最初の頃は、そんな二人の姿を物珍しげに眺めていた目も今ではなくなって、校内のそこかしこでよく見かけるごく普通の大学生同士のカップルだ。




 「ラブラブですなぁ~」

 「ラブラブねぇ~」




 そんな二人のすぐ隣で、初々しいカップルのやりとりをニヤニヤ眺めていた男女が、半ば呆れ口調で冷やかしてくる。




 「…なんだよ、いたの?お前ら」

 「いましたよ」

 「いたわよぉ」




 もちろん、お互いにわかっていての言葉遊びだ。


 武尊がそれまで座っていた席から立ち上がり、壮太と美紀の間の席に移動し、ドカッと椅子に腰を下ろす。




 「なんつーか、すっかりマトまっちまったのね、お前たちって」

 「…本当よね。おかげで、あたしまでいつの間にかあんたちとツルむハメになってる気がする」

 「嬉しいだろ?」

 「なんでよ?」




 とうの武尊をおいてけぼりにして、彼を肴に壮太と美紀がジャレ合う。




 「校内一の伊達男の俺と並び称されて、ドンファンしてた武尊が、今じゃデレデレ鼻の下伸ばして、一人女の後ついてまわってるんだもんなぁ」




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