パンプスとスニーカー
 「…………」




 帰れれば、途方になどくれるわけもない。




 「東北なんで」

 「ああ…そうでしたっけね。ご親戚とか…」

 「頼れるくらいなら、ただでさえお金に困っててキツいのに、一人暮らしなんてしてません」




 一時期の興奮は去って、すでに気持ちはドツボにハマっている。


 掴んでいた襟首を離して項垂れる。




 「そ、そうだよね」



 
 相手にも当然、そんな気持ちは伝わっているだろう。


 ははは、と乾いた笑いが引き攣っている。




 「…すみません、不動産屋さんのせいじゃないのに」

 「悪いね。うちもこんなことになって、困っててね」

 「わかります。保険が下りるのって…一週間くらいなんですよね?」




 2万円もあれば、友達の家やネットカフェなどを梯子をしてなんとか生きていけるだろうか?



 
 「一週間~うーん」

 「…うーん?」




 チラッ、チラッとひまりの顔色を伺いつつ、彼女の噴出を見越して、不動産屋のオヤジの体がすでに一歩づつ後方へと後退っている。




 「えっとね。たぶん、火元は隣だとは思うんだけどね」

 「たぶんっ!?絶対に、あたしじゃありませんっ」



 朝、何度も確認したのだ。


 実家にいる時も、主婦として何年も過ごしてきてそこのところは厳重を心がけ、一度たりともガスの元栓を締め忘れたり、火の不始末で失敗したことなどなかった。


 もちろん、喫煙者でもないのでタバコの不始末ということもない。



 「ありえないですっ!!」

 「ひっ!そ、そうだよね、うんうん、わかってるよ、わかってる」




 よほど鬼気迫る顔をしていたに違いない。


 しかし、不動産屋も客の威圧に一々怯んでいるだけでは商売は成り立たないのである




 「でもね。ほら?物騒な世の中だから、放火とかもありえるしね。そうなると支払いが長引いたりとかもあるんだよねぇ。武藤さん、法科の学生さんだから、そこらへん詳しいよね?法科の学生の部屋を放火なんて、ははは、なんかダシャレみたいだね」




 ガクッシ。


 …全然、笑えないし。




****





< 3 / 262 >

この作品をシェア

pagetop