パンプスとスニーカー
 それができれば…の話だ。


 溜息をつく武尊に壮太が首を傾げた。




 「死んだジイさん関係の知人筋からの話なんだよ」

 「へぇ?」

 「兄貴も乗り気だから、一度見合いをしちまったら、そうそう断れない」




 祖母や姉たちがゴリ押しをすることはないだろうが、兄の場合はおそらく病院経営に関係する思惑も絡んでいる。


 そうとなればおいそれとは断れないのは、ドラ息子の武尊にも理解できていた。


 …家出る覚悟になるよな。


 さすがに、まだそこまでの覚悟を決めることができない。




 「好きな女がいるから、無理だって言えば?」




 そんな女などいないことを知っていながらの無責任な提案に、ギロリと壮太を睨めば肩を竦められる。


 …どうせ、お前には他人事だよな。


 自業自得とはいえ、つい八つ当たりしたくなってくる。




 「とはいえ、今までのお前のカノジョで、ばあさまたちのお眼鏡に叶った女っていねぇだろ?」

 「はぁ」




 そのとおり。




 「ばあさまたちが喜んで賛成してくれるような女つーのは、お前の辞書には存在しねぇ種類の女だよな」

 「………うう」 




 頭痛を覚えて、呻いた。


 いくら祖母っ子でも、好みではない女はあくまでも好みではないのだ。


 …おばあさまも、そこんとこは理解してくれてたんだけどな。




 「しかし、見合いねぇ。見合いって言ったらアレか?いかにも貞淑で清楚な感じの深窓のご令嬢ってヤツ?」

 「知らねぇ。まだ見合い写真も見てないし」




 姉の一佳は例の不倫女との証拠写真と一緒に見合い写真や釣書も持ち込んでいたが、手を触れてしまったら逃げられなくなりそうで、それらを見ずに武尊は這う這うの体で逃げ出していた。


 それでも午後の回診とやらの予定が姉になかったら逃げ出せなかったのだろうが、姉の多忙が味方した。




 「今までの女よりはマシかもしれねぇけど、ばあさあの趣味ってそういうタイプの女じゃないんじゃねぇの?」

 「ああ。ばあちゃんの場合、3歩後ろを歩くような女は頼りないって常々言ってるし」




 それだけに、あまり孫たちの恋愛にも口を出すことは少なかった。


 一生の伴侶が自分の人生を豊かにしてくれるのだからこそ、自分の目でしっかり選べと子供の頃から言われていたのだ。


 それなのに今回の話を祖母も賛同したということは、


 …さすがに堪忍袋の尾が切れたってことか。


 祖母の期待を裏切ってしまった罪悪感が、なおさら胸を塞ぐ。




 「戦後のドサクサの大変な時期に、看護師としてじいさま支えて、診療所からデカい病院にまでした人だもんな」

 「まあな」

 「勤勉で、清貧。内助の功?を地でやれそうな純朴そうな女!そういう女探せよ」





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