パンプスとスニーカー
 断ることもできたけれど、これまで接触してこようとはしなかった相手が、そこまで言う頼みとやらに好奇心を刺激されて、すぐそばまでならばと同意した。


 …まあ、どうせ沢さんのバイトが終わるまで、時間あるし。


 ちょうどいい時間潰しかもしれない。




 「荷物返して」

 「いいよ、これずいぶん重いね」



 
 手を伸ばすが、持ったまま先に歩かれてしまった。


 さっきもリーチの違いを思い知らされたばかりで、うっかりすると置いてけぼりを食ってしまいそうだ。

 
 仕方なくひまりも慌てて相手―――武尊の後を追いかける。


 もしかしたらひまりのトートバックは人質みたいなもので、彼女を逃がさないための質のつもりなのかもしれないと思い当たった。




 「とりあえず何を頼みたいのか、あたしも興味あるから逃げないし、あたしのバッグ返してよ」

 「だから、持つって。背中のリュックも貸しなよ。一緒に歩いてて、女の子に荷物持たせるのってカッコ悪いじゃん?」




 …そりゃあ、重そうだったら荷物くらい持ってくれたりもする男の子もいるけどさ。


 さすがにカッコ悪いとまでは言われたことがなかった。


 ありがたい話ではあるのだが、やはり武尊はひまりが今まで接してきた男子とは、根本からして違う人種らしい。




 「せっかくのご好意だけど、これ貴重品入ってるし、普段、ほとんど話したこともないのに、いきなりクラスメート面してくる人に渡すほど、私マヌケじゃないから」

 「…武藤さんって、もしかして、意外にけっこうキツイ?」



 ズバッ。


 そのとおりかもしれなかったけれど、今まで言われたことはなかったし、そうまで言われるようなことをする相手もいなかったから動揺してしまった。



 「わ、悪い?」

 「…いや、ただなんかイメージ違ったからさ」





 頭一つ高いところから、武尊がいくぶんかキョトンとした顔で見下ろしてくる。


 武尊の顔は言葉通りにいかにも意外そうだったが、特に気を悪くしたようではなかった。


 ひまりは気が弱いわけではない。


 だから、言うべき時には言うし、理不尽なことをしてくる相手には従わない。


 唯々諾々と他人に流されたりもしないし、こうと思ったことには頑固なくらいなのだ。


 ただ、我は強くないので武尊のように、彼女を大人しいと勘違いする人間も少なくなかった。




 「北条君だって、ずいぶん強引じゃない」

 「まあ、そうかな」




 それはひまりにしても、別段、意外なことではなかった。


 そうでもなければ、噂になるほど次から次に女を取っ替え引っ替えして、交際できるはずもない。


 裏表の激しいスケコマシ。


 それがひまりの武尊への、認識のすべてだった。




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