さよならの準備はできている
『栞ちゃんか?桜井だ』

この人が電話をしてくるということは、"そういうこと"だということだ。

「お久しぶりです…"桜井刑事"」

『ああ、6年前のあの日以来だな』

桜井刑事は姉が亡くなった事件の捜査を担当してくれ、榎田が逮捕されるまでよく家を訪ねてきてくれていた。

『栞ちゃん、ニュースは知っているね?』

「…はい」

私は授業がままならなくなった騒がしい教室を出て、廊下の窓から校門を見下ろす。

『いま学校だね?校舎から絶対出ないでくれ。私たち警察は、今からそちらに向かう』

携帯から聞こえる桜井刑事の声。
その声も窓から見えるものを目にした瞬間、頭が真っ白になった。

私は"彼"に目を奪われる。

『栞ちゃん、どうした?栞ちゃん?』

通話口の向こうの私が反応がないのに疑問を感じた桜井刑事は、私に何度も呼び掛けている。

私は"彼"から目が離せなくなっていた。

一瞬、まるで世界が私と"彼"だけのように、まわりの音や声なんてなにも聞こえなくなった。

「…6年ぶり、か」

"彼"はもう、私のすぐそこまできていた。
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