窓ぎわ橙の見える席で
変人くんの温もりは
帰りの車の中、私と辺見くんは黙ったままだった。
だけど彼は別に機嫌が悪いわけじゃない。
カーステから聞こえてくるラジオのDJの話で「ははっ」と笑ったりしていて、この沈黙に対する気まずさみたいなものは微塵も意識していないように思える。
私はというと。
さっき答えられなかった辺見くんの質問がぐるぐる頭の中で回っていた。
真っ暗になった外の風景が窓越しに流れていくのを、少し憂うつな気持ちで見送る。
明るかった街中を抜けて、私たちの地元へ帰る。
見慣れた地元へ、住み慣れた地元へ。
ほんの数十分のドライブだ。
辺見甚という人は、案外侮れないということを今日思い知った。
この人は普段はおちゃらけているし、ヘラヘラしているし、生物マニアだし、つい1ヶ月前まで栄養失調だったし、仕事熱心だし、猫好きだし、何も考えてなさそうに見えていたけれど。
どうやらそうではないらしい。
ほんの少しの私のひと握りの言動や情報を元に、何らかの引っかかりを感じて追及してきたのだ。
あぁ、侮りがたし変人くん。
8年間、東京の職場で必死に頑張ってきた自分を思い出していた。
別に海外に修行に行ってもいない私が、あの中でどれだけ大変な思いをして認めてもらったか。
メインシェフとなった大ベテランのシェフに貶されながらも踏ん張っていたあの頃を、冷房の効いた涼しい車内で思い浮かべる。
「今日はどうもありがとう」
不意に隣からそんな言葉が聞こえてきたので、え?と振り向く。
「買い物と映画と食事。一緒に来てくれてありがとう。楽しかった」
「………………ううん、私も……楽しかったし。ていうか、誘ったの私だし」
「この服は同窓会まで取っておくよ」
「時々着てね」
最後の私の念押しに、辺見くんはすんなり首を縦には振らない。
この辺りが彼らしいと言えばらしい。
あまり着ないつもりなのだろうか。それこそ宝の持ち腐れだ。