窓ぎわ橙の見える席で


腹を括って話してみるかと思った。
なんとなく、この人ならいいか〜ってそんな軽い気持ちで。


「私ね、元々は和食の料理人になりたくて専門学校に進んだの。おばあちゃんが和食が好きで、昔からよく作ってあげてたから。………………でも、知らず知らずにフランス料理の味の繊細さとか、見た目の綺麗さに惹かれてたみたいで。気づいたらホテルに就職して、フレンチレストランに配属希望出してたの」

「うん」

「和食ももちろん好きなのよ。今のトキ食堂だって大好き。みんないい人だし、役に立ちたいと思う。………………でも、トキ食堂では美味しさと速さが求められてるだけで、見た目はそんなに重視してない」


私は辺見くんが聞いてようが聞いていまいが、ここ数ヶ月の自分を整理したくてペラペラと話し続けた。
核心に触れる部分も、全て。


「去年の秋、おばあちゃんが死んだの。くも膜下出血だった。廊下で倒れて、病院に運ばれたけど手遅れで。数時間は頑張ったみたいなんだけど、そのまま死んじゃった」

「…………そうだったの」

「おばあちゃんはね、孫の私をすっごく可愛がってくれて。料理が好きならコックさんになったら?って言われたのがキッカケで調理師を、目指したの。そのおばあちゃんが、死に際に言った言葉……。これがまた強烈でさ」

「………………なんて言ったの?」


ハンドルに身体を預けるように倒して、辺見くんは私の顔を覗き込んできた。
ちょっと心配そうな瞳を向けている。
胸が詰まる。喉に何かが込み上げる。


「つぐちゃんがプロになってから作ったお料理、食べてみたかったなぁ、だってさ」


あ、どうしよう。声が震えてきた。
とりあえず辺見くんに顔を見られたくないので、ぐるっとそっぽを向いて話を続けた。


「親不孝ならぬ祖母不孝って言うのかな。就職してから一度も実家に帰らなかったの。仕事に夢中で、一刻も早く認められたくて。そのうち帰るからって言い続けて結局帰らなかった。…………私が料理の道を目指すキッカケをくれた人に披露できないまま、おばあちゃんは死んじゃった」


後悔しても後悔しても、拭いきれない大きなもの。
それはたんこぶみたいに私の身体のどこかにいつもくっついていて、どうしたって離れないのだ。


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