窓ぎわ橙の見える席で
「だから、せめてもの罪滅ぼし。おばあちゃんの仏壇に、毎朝豪華な定食をお供えするの。これが私の日課。………………この街に帰ってきた理由」
そこまで言って、隠れて笑顔を作って気持ちを切り替える。
暗がりの窓を鏡に見立てて自分の顔を確認したら、案外上手に笑えていた。
良かった、これなら大丈夫。
私は辺見くんのいる運転席に顔を向けて、その笑顔を見せつけた。
「まぁそんなわけで、フランス料理もフレンチレストランも諦めることにしたの。たまに家で作れればそれでいいんだ。仕方ないことだから、わっ」
まだ途中までしか言葉を言っていないのに、途切れてしまった。
それは何故なのか一瞬自分でも理解出来なかったので、どうにかこうにか頭を落ち着かせて状況をひとつひとつチェックする。
……なんか、すごく温かい。
あれ、辺見くんの息づかいが耳元で聞こえる。
あれ、私、動けない。
あれ、視界も何かで遮られてる。
あれ、背中になんか、手の感触。
あれ、私、辺見くんに抱きしめられてる。
そうか、急に抱きしめられたから言葉が途切れたのか…………。
一気に心臓がバクバク言い始める。
体温も上昇して、ついでに汗まで滲んできた。
あれ、あれれれれ、これはどういうこと?
なんかすごい体勢になっちゃってませんか?
ヤツは自分が何をしているのか分かっているのだろうか?
これって、抱擁ってやつなんですけども。
「なんか、抱きしめたくなっちゃった。宮間さんの泣きそうな顔とか、頑張って笑ってる顔とか、ちょっと見たくなくて。僕が聞き出したせいだね」
こんな時だっていうのに、辺見くんはのんびりとした口調でそうつぶやいた。
穏やかで柔らかい声がすぐそばで聞こえて、それが身体の中を駆け巡る。
半袖カーディガンからのぞく腕が冷房で少し冷えていたからなのか、辺見くんの体温でゆっくり温められていく感覚がした。
辺見くんの腕の中、ものすごいあったかい。
それに、ものすごく安心する。
なんだ、この感情…………。